第32話

そう。





彼は既婚者で。





子供はいなくて、最近は奥さんとも不仲らしいという噂もあって……。





だから、総務課の安原に乗り換える気だ、なんて噂まで、まことしやかに広まった事もある。





その噂は、太田主任がバッサリ否定してくれたので収まったけれど、相変わらず『景山さんのお気に入り』というレッテルは私につきまとったままだった。





こっちがなるべく関わらないように気をつけていても、景山さんが積極的に関わろうとしてくるし。





一応会社の先輩だから、露骨に嫌がるわけにもいかないし。




とにかく、こういう飲み会で景山さんから逃れるには、身をひそめているしかない。




お料理は全て仕出し屋さんに頼んだから、今はこの厨房は使われていない。




電気も消えていて薄暗いし、ステージからは離れているから、ここに隠れていれば誰にも見つからないはず。




といっても、太田主任にはあっさり気付かれちゃったけど。




「ここに隠れている事は私以外気付いてないし、しばらくここにいていいよ。訊かれたら適当に誤魔化しておくから」




「すみません、主任。助かります」




「でも、会場の片付けの時に捕まったらアウトだよ、きっと」




「私、ゴミ置き場で分別作業してます。閉会と同時に倉庫に籠もりますから、課長にそう言っておいてください」




「うん、分かった。景山くんが二次会に向かったら、メール入れてあげる」




「お願いします~」





椅子に座ったまま、肩をすくめて頭を下げる。





そんな私に小さく手を振ると、太田主任は宴会場へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る