◆7月8日(水)曇時々雨

「送信が取り消されたけど、雫に『別れよう』って送ったらしい」

「なりすましってやつ? ほんとにあるんだ」

「放課後なら俺ら部活してたよな。スマホどこに置いてた?」

「部室。かばんの上」

「貴重品かばんに入れておけよ」

「ずばり犯人は野球部」

「動機は増元さんに片思いしてて別れさせたい」

「それだ」

「まじか」


 俺以外全員野球部のメンバーで弁当を食べながら、太一から昨日あった事件を聞いた。友だちも太一本人も笑い話にしているけれど、覚えのないメッセージが送られたなんて気味が悪い話だ。


「送信は何時頃?」

「午後2時半ぐらいって」


 黙って聞いていたタケが聞いて、太一は答えながらスマホのメッセージアプリの画面を見せる。


「増元さんはあまり絵文字つけない派か」

「太一スタンプもうるさい」

「増元さんに何か送ろうぜ」

「やめんか」


 増元さんとの間での誤解は解けているらしい。あっけらかんとしている太一よりも、タケの方が考え込んでいる様子が気になった。

 その昼休みの終わり、体操服に着替えて体育館へ移動しながらタケにしか聞こえないように尋ねる。


「さっきの太一の話で時間聞いたのって、なにか思い当たることある?」

「嶋の方が探偵みたいだ」


 タケは感心したような声を出した後、みんなから遅れるように歩くスピードを落とした。


「部室にタオル取りに行く途中、立花……マネージャーとすれ違った。詳しい時間は覚えてないけど、多分それぐらいの時間」


 野球部というと男子だと思い込んでいたけれど、選手以外にも部員がいる。


「そのこと太一に言う?」

「確かな証拠もないし、大会前に面倒を持ち込みたくない。だから、もしやったのが立花なら、なんで今よけいなことするのか理解できない」


 静かな怒りに最後の大会への強い思いが伝わる。強豪校という重圧、試合どころかベンチに入れる保障もない中、高校3年間を野球にかけてきたような人たちだ。


「太一は全然ダメージ受けてないみたいでよかった。日曜、応援に行く」

「ありがとう」


 初戦が今週に迫っていた。天気は晴れ予報だ。タケの表情が少し和らいだので、俺も笑い返した。



 ○



 美帆ちゃんは自分のことを情に欠けると言ったけれど、俺は面倒見がいいと思う。


「誰が太一のスマホから雫にメッセージを送ったと思う?」


 一連の流れを話し終えて、「不気味な話だよね」と俺の反応を見て言う。日日草にちにちそうに水をやりながら今自分は何ともいえない顔をしているのだろう。でも不気味な話ということだけが理由じゃない。


「太一からも昼にその話聞いた。送られた時間は部活中だったらしい」

「あのばかはスマホをロックもかけずにかばんの上に置いてたって」

「やっぱり野球部だと思う?」

「思う。いたずらにしては度を超してる」


 タケから聞いた話を思い出す。タケ自身も確証がないと言っていたし、自分で犯人を捕まえにいきそうな美帆ちゃんに話を広げるのはまずいだろう。代わりに今日みんなで推理した当たり障りのないことを話した。


「俺らの中では、太一と増元さんを別れさせたい誰かが送ったって予想した」

「タケ君以外ふざけた話してるの想像できる」

「ははっ。増元さんって男子にかわいいって言われてるから」

「……普通そう思うよね」


 美帆ちゃんは力が抜けたようにつぶやいた後、「増元さん?」と聞き返す。


「名前間違えてる?」

「合ってるけど、女子は名前で呼ぶ主義かと思ってた」

「そんな主義ない」

「私のこともはじめから名前で呼んでるし」

「太一が名前で紹介したから、俺もそう呼んだだけ。女たらしとかじゃないから」


 やっぱり美帆ちゃんの中で俺はそういうイメージらしい。わかっていたものの、なんだかなと遠い目になる。


「ごめんごめん」


 ほがらかに笑う様子に、どうしてそんなに一所懸命になれるのだろうと思う。ふたりが別れたら自分にチャンスが巡ってくるかもしれないのに。


(そんなこと思わないんだろうな)


 自分のことのように悩んでいるのを見ればわかる。むしろ自分よりふたりのことの方がずっと考え込んでしまいそう。


「増元さんのことは太一から聞くけど、俺は直接話したことなくて。美帆ちゃんからみてどんな子?」

「雫は……普段はおっとりしているけど、時々豪快」

「豪快?」

「絵を描くのに夢中になってごはんを食べ忘れたり、自分よりも大きなキャンバスに思い切りよく絵具をのせたり。それから超人見知り。人と話すの緊張するんだって」

「物静かなイメージだったけど、人見知りなんだ」

「だから太一も、『今日はおはようって言えた』って報告の必要ないレベルからはじまった」

「太一がんばったんだなあ」

「いつも絵に描くものを探してて、雫といると私もきれいなものに気づくようになった。うわっ、ゴミ突っ込まれてる」


 ゴミ拾いも美化委員の仕事の内だ。下に落ちているものならすぐ拾える。やっかいなのは、今美帆ちゃんがあじさいの枝の間に腕をのばして取ろうとしているみたいに、ゴミが見えないよう奥に入れられると制服が汚れたり枝にひっかかったりする。


「火鉢持ってくる」

「もう取れそう。――あっ」


 美帆ちゃんはしゃがんで何かを拾っている。近づくと地面にはカラフルな石が散らばっていた。


「ストラップの?」

「ポケットから出てたの枝に引っかけた」


 俺も石を拾うのを手伝う。目についたものはすべて拾い、他にもまだ落ちてないかあたりを見渡していると首元に冷たい感触がした。そのうち雨粒が地面を濡らしだした。一旦屋根のある渡り廊下に避難する。瞬く間に激しく降り出した。


 美帆ちゃんは手のひらを広げて石を数える。俺が拾った石もそこに返す。


「石全部あった?」

「水晶がない」

「夕立が過ぎてから探そう」

「もう寿命だったんだ。探してくれてありがとう。ホース片付けよう」

「うん」


 美帆ちゃんがストラップを大事にしていたのは知っている。それなのに、早々に諦めようとする。俺に言うというよりも、自分に言い聞かせているようで、強がりな笑顔が痛々しかった。

 水道は屋根のあるところにあるので、濡れることなく水道の足元に置いていたホースロールを巻いて片付ける。倉庫にしまったぐらいで雨が止んだ。


「傘持ってきてなかったからラッキー。じゃあ、また来週」

「美帆ちゃん」


 鍵を返しに行こうとした美帆ちゃんを呼び止める。


「俺、美帆ちゃんに話聞いてもらえて気持ちが軽くなった。だから、美帆ちゃんも何か困ったこととかあったら話して。役に立つかどうかはわからないけど頼ってよ」


 美帆ちゃんは驚いたように目を丸くして、「ありがとう」と寂しさをほんの少しにじませて微笑んだ。

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