◇7月7日(火)晴

 冗談にしてはセンスがない。


「太一君が、別れようって」




 テスト最終日の放課後、息抜きに雫とファストフード店にいた。美術の予備校で出た課題の話を聞いている途中、雫のスマホが鳴り、画面を上にして置いていたスマホを澄んだ瞳がスマホの画面を向いて、視線をそのままに口元に浮かべていた柔らかな笑みが消える。「どうかした?」尋ねると、信じられない言葉を告げられた。


「あり得ない」


 日曜日、テスト範囲を聞きに来たのはついでで、記念日のプレゼント候補を見せられたばかりだ。


「今メッセージが届いて」

「見ていい?」

「うん。あ、削除された」


 雫がメッセージアプリの画面を開いたら、送信が取り消されたという文章だけが残っていた。

 今頃太一は部活中のはずだ。絶対何かの間違いだ。罰ゲームとかいたずらとか、真相はきっとくだらないこと。それなのに、魔が差すかのように心の奥底で絶対に外に出せないことを想像する。喉をふ冗談にしてはセンスがない。


「太一君が、別れようって」




 テスト最終日の放課後、息抜きに雫とファストフード店にいた。美術の予備校で出た課題の話を聞いている途中、雫のスマホが鳴り、画面を上にして置いていたスマホを澄んだ瞳がスマホの画面を向いて、視線をそのままに口元に浮かべていた柔らかな笑みが消える。「どうかした?」尋ねると、信じられない言葉を告げられた。


「あり得ない」


 日曜日、テスト範囲を聞きに来たのはついでで、記念日のプレゼント候補を見せられたばかりだ。


「今メッセージが届いて」

「見ていい?」

「うん。あ、削除された」


 雫がメッセージアプリの画面を開いたら、送信が取り消されたという文章だけが残っていた。

 今頃太一は部活中のはずだ。絶対何かの間違いだ。罰ゲームとかいたずらとか、真相はきっとくだらないこと。それなのに、魔が差すかのように心の奥底で絶対に外に出せないことを想像する。最低だ。



 ○



 太陽がようやく沈んだ夕方、向かいの家の玄関の戸を引く。「こんばんは」声を張り上げると、リビングのドアからとおるちゃんが廊下に出てきた。


「美帆ちゃん久しぶり」

「久しぶり。太一帰ってる?」

「リビングにいるよ。あがって」


 太一はテレビを点けたまま腕立て伏せをしていた。突然の討ち入りに体を腕で支えたまま顔だけ上げる。


「雫と別れるの?」

「え!? 俺ふられる?」

(やっぱり違うじゃん)


 腕立て伏せの体勢のまま本気で焦っている様子に安心する。太一から別れるわけない。


「雫から連絡なかった?」

「午後に電話あったから部活の後かけ直した。俺は送ってないのに送信が取り消しになっててバグかって話して」


 太一の口元が緩むので、「なに?」と聞いてあげる。


「好きって言われた。超レア」


『美帆ちゃんと太一君みたいに、自分の気持ち伝えられるようになりたい』


 か細い声がそう告げたのは、太一と付き合いだした去年の夏だったか。好きな人に相応ふさう自分になりたいと、変わろうとする姿のまぶしかったこと。


「送信取り消しになる前、別れようってメッセージが届いたらしいよ」

「「「ないわー」」」


 3人の声が重なった。太一と、ソファーで私たちの話を聞いていた透ちゃんと、キッチンにいた蛍ちゃん。兄弟のユニゾンに、さっきまで少し気が立っていたのに笑ってしまった。顔は似てなくても、ここの3人兄弟はそっくりだと思うことがある。

 漂う匂いからして今日はカレーらしい。ここの両親は共働きで、帰りが遅い日は子どもたちでごはんを作るからえらい。うちはお母さんが専業主婦というのもあって、私も妹も料理を自分で作る発想がない。お母さんが風邪を引いたらスーパーを頼りにする。

 

「太一ってスマホの画面ロックかけてないよね? 前に私に返信打たせた」

「めんどくさくて」


 透ちゃんが聞いて、太一が肯定する。もし部活中スポーツバッグの上にスマホを置いていたら、野球部の誰でも送信できたことになる。


「今すぐロックかけて。また雫に変なメッセージが届いても嫌だし」

「へーい」

「部活中スマホどこに置いてた?」

「部室。かばんの上」

「そんなことだろうと思った」

「幼なじみはよくわかってるな。ロックってどこからだっけ?」


 同じ年だろうかと呆れながら、設定方法を教えて完了させた。


「大した問題じゃなくてよかった。ごはん時にごめん。おじゃましました」


 リビングから出ようとすると、美帆、と呼ばれて振り返る。太一が歯を見せて笑う。


「ありがとう」




 2月の雫の誕生日プレゼントの買い物に付き合わされた日。太一が手ぶくろを選んでいると、店員がシックなデザインを私に勧めた。雫の雰囲気に合っていない。どちらかというと私向きのデザインだった。

 太一が彼女の手袋選びについてきてもらったと説明する。店員はあいづちを返し、他の客の試着に呼ばれてそちらの対応にあたった。


「正直に言わなくても良かったんじゃない?」


 店員に聞こえないように小声で太一に話しかける。


「なんで?」

「彼女の誕生日プレゼントを他の女と選ぶのあり得ないとか思われるかもよ?」

「でも、美帆は幼なじみだろ」

「こんなのでも一応女だから」

「悪口じゃなくて、男と女とはまた別の枠なんだよ」


 太一が私のことをどう思っているかわかる気がした。「伝わる?」と聞かれ、「ふんわり」と思ったまま答える。


「周りには伝わんなくて、彼女いるのに美帆と仲良すぎるのは微妙だって言われる。雫が嫌がるならわかるけど、美帆と俺の話おもしろがってるし。ものの見方なんてそれぞれでいいだろうに。次の店行こう」


 歩き出した太一の背中についていく。ものの見方は人によって違う。でも、大多数から外れると、心を強く持たないと押し潰されそうになる。

 余分な摩擦はないに越したことないので、次からは妹の手袋を選んでいるという設定で店を周った。


 そんな調子で、先週もどの指輪がいいか相談にきた。迷うなら雫に選んでもらえと言いつつ、女の子の方に石が埋め込まれたシルバーのリングが雫に似合いそうと答えた。


 太一の家を出ると藍色の空の低い位置に細い月が見えた。柔らかな輝きは候補として見せられたペアリングの写真を思い出させる。自分がつけることのない指輪を選ぶのは虚しかった。


(それでも、どちらも私には大事な存在なんだ)

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