◆7月1日(水)曇

 水やりの日と晴れの日が重なったのは、1週間後の期末テスト期間だった。さすがにこんな日まで美帆ちゃんにつき合わせるのは悪いだろう。傘のいらない明るいくもり空を窓から見上げる。


「おはよう」太一が席の横に立った。

「今日部活ないから、俺が水やりする」

「美帆ちゃんと太一が交代ってこと?」

「今日ぐらいひとりでやるよ。美帆には朝言った」

「わかった。ありがとう」


 今日は中間テスト期間ぶりに出席番号の席順になっている。太一の背中を見送ってから、少しがっかりした気持ちを消すようにノートの見直しを再開した。




 3教科のテストが終わり、クラスメイトはすぐに教室を出る人、教室で勉強していく人、放課後の予定を相談する人に分かれる。俺も今日終わった数学の問題集を持って教室を出た。


 先生の居室である進路指導室の前の廊下に提出かごが置かれていた。その隣のテーブルにはオープンキャンパスのチラシが隙間なく並べられている。たくさん大学があると目で順に追って、志望校のチラシを見つけた。


(美帆ちゃんは知ってるかな)


 よけいなお世話かもしれないと迷いつつも、チラシがそれほど残っていないのでメッセージを送ってみた。タイミングよくすぐに返信が届いた。


[今から取りに行く]


 第2志望の大学のチラシを見つけるより先に、美帆ちゃんが進路指導室前に到着した。


「教えてくれてありがとう」

「まだ学校にいてよかった」

「図書室にいた。窓から太一が水やりしてるの見えて、雫は手伝いに行ってる」


 去年の夏から美帆ちゃんに聞いてみたかったこと、話すようになってもまだ聞けないことがある。

 美帆ちゃんがチラシを取る。指が長いきれいな手だった。


「オープンキャンパスって全部の学部が同じ日に開催されるのか。嶋の周りにこの大学受ける人いる?」

「美帆ちゃんしか知らない」

「私も。チラシ残り少ないし、家から通えるところだから他にもいそうだけど」

「オープンキャンパス一緒に行かない?」

「私と行っていいの?」


 断られる可能性はあっても、質問で返されるとは思ってみなかった。


「美帆ちゃんがよければ」

「好きな人がいるから彼女と別れたって話聞いた」

「そういうことにしただけ」

「彼女をかばわなくてもいいのに」

「それだけじゃないよ。断らなくても相手を傷つけてしまうなら、好きになれるかもって期待して付き合うのはしばらくやめることにした。でも、そんな理由だと納得されなさそうだから」

「そうだったんだ。嶋と帰った日目撃されたみたいで、友だちから嶋と付き合ってるのかって聞かれた」

「ごめん。美帆ちゃんに好きな人がいたら誤解されるよね」

「いないから大丈夫」

「太一は?」

「ないない!」


 俺と付き合っていると聞かれた話以上に笑い飛ばす。


「そんなにあり得ない?」

「太一には雫がいるから」


 掲示板に張り出されたポスターを見つめる横顔が、あの夏の日と重なる。


「私だって男なら、私なんかより雫を好きになる」


 増元さんと直接話したことがないので、どんな子か周りから聞くぐらいしか知らない。入学したての頃からかわいいと言われて、口数が少なくて、気軽に話しかけられないような男子には高嶺の花の人。太一と増元さんが付き合いだしたときには、『爆発しろ』と不吉な言葉が太一にかけられていた。


 美帆ちゃんと増元さんを比べることはできない。ただ、私なんかと言ってほしくなかった。


「美帆ちゃんもいい子だよ」

「ありがとう。でも、そういうこと言うと女子をその気にさせるから気を付けた方がいい」

(どうしたら伝わるだろう)


『欠陥なんて言わなくていい』


 あの言葉がどれほど気持ちを軽くしてくれたか。いくら言葉を並べても、あの日の衝撃を十分に伝えられない気がしてもどかしい。


「太一じゃーな」


 外から男子の声が聞こえた。美帆ちゃんが窓側に近づく。俺もその横に並ぶと、太一と増元さんが草木に水をかけているのが見えた。シャワーの水が太陽の光を受けてキラキラと輝く。


 太一がこちらに気づいて手をふるので、俺たちもふり返す。増元さんも気づいて小さな花が咲いたような笑顔を浮かべる。美帆ちゃんも優しい顔で笑い返す。


 こちらからは太一と増元さんの全身が見える。中庭にいるふたりからは、窓部分、俺たちの肩ぐらいから上しか見えない。俺をのぞいた3人の関係は、今と同じ状況なのかもしれなかった。

 美帆ちゃんはどんな気持ちでふたりといるのだろう。勝手に想像して、勝手に寂しくなる。

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