◇6月23日(火)晴①
2限目が終わり、次の授業の教科書を後ろのロッカーに取りに行ったついでに雫としゃべっていたところだった。千尋がやってきて、勢いよく机に両手をつく。
「嶋君と付き合ったの!?」
「そんなわけない」
「一緒に帰ってたって目撃情報があがってるんだぜ」
「目撃情報通り、帰っただけ」
刑事ドラマのノリになっている千尋に淡々と返す。誰に目撃されたんだか。それだけのために隣のクラスからやってきたのにも驚いたけれど。
「そんなところだと思った。いつの間に仲良くなったの?」
「太一の代わりに嶋と美化委員の仕事してる」
「うらやましい。代わってよ」
「こういう人が出てこないように私が頼まれたわけ」
「説得力あるー。じゃあ、嶋君の好きな人聞いたことある?」
「知らない。ねえ、話の筋道がわからない」
「嶋君、好きな人できたから彼女と別れたって言ってるみたい。それで美帆と一緒に帰ってたから、ひょっとしてっていう話が出たわけ。でも関係ないって言っておく」
「助かる」
「ついでに先生から、引退試合をテスト明けにするって伝言。また日程のことで呼ばれると思うよ」
「そっちの方が大事だから。全然練習してないのに体動くかな」
「美帆が動けないなら私なんてもっと無理。最後に後輩にみっともないところ見せるなんてやだー」
しわくちゃに変顔する千尋にぷっと吹き出す。この天真爛漫さに、部活中何度助けられたから数えきれない。
「美帆は挨拶の方もがんばって。雫ちゃんもじゃーねー」
私の肩を叩いて嵐は去って行った。デマもあの勢いで吹き飛ばしてくれるだろう。
(人を好きになったことがないって、本人に聞いたばかりだけど)
あんな大事な話を私が聞いてもよかったのかと思う。せめてもの救いは、私がバスに乗る際嶋が明るい顔で見送ってくれたことだ。
彼女と別れた理由を自分のせいにしたのか。そこまでしてあげなくてもいいのに、という不満と、それが嶋なんだろうな、という納得が交じり合う。
好きな人が本当にいるのか少し気になるけれど、わざわざ本人に確認するほどでもない。今朝見た天気予報では明日からまた雨マークがしばらく続いて、水やりの必要はなさそうだった。
「千尋ちゃん今日も元気」
雫は人見知りだけれど、千尋はその壁も壊す勢いでやってくるので、雫ともすぐに打ち解けた。
「引退試合って何するの?」
「3年対2年と1年で試合。3年の試合数が多くなるから餞別にしてはハードなんだ。その後新部長と副部長の発表。これはもう3年生と顧問で決めてる。問題は元部長の挨拶で、やりたくないなー」
1学年上の部長はよく周りを見ていた優しい先輩で、思い出のエピソードを添えて話していた。2学年上の部長は『怪我せず勝ちあがれ』の一言で、けれど部長自身が怪我で最後の試合に出られなかった分重みがあった。
私は何を言おう。考えるだけで憂鬱になっていると、突拍子もない話が聞こえた。
「太一君も、美帆ちゃんと嶋君が相性良さそうって言ってた」
「よけいなこと考えてないで野球に集中しろ、って言って。雫に言われたらへこむから」
「私も太一君もたくさん話聞いてもらってるから。美帆ちゃんの役に立ちたいって思ってる」
そうひかえめな笑顔を浮かべるから、机の下で膝に置いた手をぎゅっと握る。
(言っても、今までと変わらずいてくれる?)
「嶋が優しいっていうのはわかったかな。でも、そういうのは全然ないし、あっても雫にだけ相談する。来月で付き合って1年だけど、太一のこと嫌にならない?」
「ならないよ」
冗談まじりに質問したら、恥ずかしそうにしながらもしっかり否定する。
付き合ってどれぐらいでどこまですすむか。行動を愛情のものさしにして心がかき乱される人もいるらしい。太一と雫はそんなこと気にしない。自分たちのペースで、相手を思いやって、ひとつひとつ積み重ねていく。私はそれを誰よりもそばで見てきた。
何も伝えないことを選んだのは自分自身だ。
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