第26話

フェルカとはあの日以来会っていない。アルハは見かけはするものの話しかけても来ないし、リンはコンテストの手続きや出版関連で忙しそうだ。

 ここ最近はずっと一人で図書準備室に篭って、パソコンの画面を睨みつけている。


 集中して書かないといけないのに、手は動かない。心に刺さったままの言葉が、脳内をよぎるたびに痛みを主張する。


「……帰ろうか」


 心配そうに手元に寄り添っていた小犬をカバンに誘導する。今日も何も進まなかった。

 図書準備室から離れれば、夕方の学校は思ったよりも人が多い。その誰もが部活動なんかで残っているから、私を気にも留めないが。


 ふと、目の前を何かがよぎる。見れば夕日色の兎が廊下の少し先で私を振り返っている。まるで、誘われているみたいだ。

 兎が止まっていたのは絵画科の作業教室だ。普段この時間はめったに使われていないのに、今日は灯がついている。見ないほうが良いって分かっているのに、夢遊病みたいに足が進んでいく。


「委員長じゃん、何してんの」


 思った通り中にいたのはハルだった。思念体の兎は入り口で立ち尽くした私を横切ると、彼女の足元で丸くなった。


「たまたま、通りかかって」

「そう、そんなことしてる暇あるんだ」

「……先行展示、見ました。すごく良かったです」

「足元掬われないように、って言ったのにね」


 彼女は会話しながらパレットに色を作る。慣れた手つきで作られていくそれは、一朝一夕のものではないくらい見れば分かった。

 唾をのむ。何も潤わない喉が歪な音を立てただけだった。そんな私を見てハルは口を開く。


「委員長はずっとアタシのこと馬鹿だって思ってたよね」

「そんな、こと」

「思念派が流行ったからアタシが絵を描き始めたと思ったんでしょ?だから『今更』なんて言えたんだ」


 彼女は持っていたパレットと絵筆を置いて、私の方へ近づいてくる。


「練習、とか……皆に言うタイプじゃないから黙ってけど、アタシはもともと努力してんの」


 あの時私が言ったみたいに、相手を傷つけようとする言葉じゃない。全部事実で、自惚れた私に現実を見せる言葉だ。

 ずっと夢を追っていた人の言葉。


「『今更』言葉にしがみついて、いろんな人巻き込んでおいて、作品も出せずに諦めんだ。なんか、ダサイよ。そういうの」

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