第17話

翌日、図書準備室には三人の人影があった。


「と、言うことで仲間が増えました」

「は、はじめまして、リンと申します!」

「僕はフェルカ。よろしくね、リンちゃん」


 フェルカは学校内で随分話題になっていたのでリンも知っているのだろう。緊張の面持ちでペコペコと頭を下げている。カツアゲみたいだな……。


「リンはお茶を入れて参りますね。お二人は作業を進めていてください」


 執筆はてんで才能がないらしく、リンはサポートに回ってくれるようだ。

 机に資料を開きながら、昨日リンに相談したことを思い出して口を開く。


「神秘の星では小説とか無いんですか」

「急だねぇどうしたの」

「リンに言われたんです。『神秘の星での小説の文化を聞いてみたらどうか』って」

「うーん……神秘の星はたいして言語が発展してないんだよ。特に感情の表現が全くといっていいほど無いから小説とかは無いね」


 定位置にパソコンを置いて椅子に座れば、隣の椅子にフェルカが腰を掛けた。揺れた前髪に隠れた右目の辺りから小熊がスルリと現れたかと思えば、ノシノシと資料の上で日向ぼっこに勤しむ小犬の元へ向かっていった。

 私が思念体を見ていることに気づいたのか、フェルカは指先からもっと小さい思念体を出してみせる。複数の小熊が子犬を取り囲んでいる。まるで狩りの一幕のようだが、実際はただの日向ぼっこの場所取りである。


「僕に教室で見つかったとき怖かった?」

「心臓が止まるかと思いましたね」

「ウチの星じゃせいぜい『怖かったです』が精いっぱいだよ」


 フェルカは机に頬杖をついて、資料の上でうたた寝をしている小犬の腹を撫でる。撫でられた小犬はというと寝ながらも元気に尻尾を振っている。本当にこれが私の思念なのか……。


「つまんないんだよね、それだけじゃ。個々に思念があって形も違うのに同じ感情になるわけないんだから。もっと繊細で機敏な感情が僕は知りたいんだよ」

「……てっきり偉い人に嫌がらせしたいから受賞させたいのかと思ってました」

「そんな事思ってたの?」


 失礼だねぇ、と呟きながら、フェルカは出入り口に背筋をピンと伸ばして座り込む山猫に目をやる。


「あれリンちゃんの思念体?」

「そうですよ」

「ふぅん、本人と違って気が強そうだね」


 その言葉の通り、山猫は出会ってからずっと隙がない。


「あの子はまだ幼いし、あの程度の思念体しかないんじゃすぐ塗り替えられちゃうから気を付けて見てあげた方がいいと思うよ」

「リンは思念派じゃないですし、思念共有装置は使わないと思いますが」

「好奇心は猫をも殺すってね」


 なんなら試してみる?と笑いながら自分の影に手をつき小熊を呼ぼうとするのを、手を叩いて止める。調子に乗るんじゃない。


「失礼します、お茶が――」


 扉が開いた音とリンの声が聞こえて目をやる。彼女はお茶の載ったお盆を持ったまま、扉の付近で突っ立っていた。そのまま眺めているとハッと意識を取り戻して、机にお盆を置いて、それから息を吸った。


「近くないですか!?!?」

「声でっか」

「どうしたの?」

「え!?い、いや、お二方距離が近すぎないですか……!?」


 フェルカと顔を見合わせる。そもそも部屋が小さいから、多少は仕方ないとは思うのだが、そんなに近い?


「とりあえずいたたまれないので手をつなぐのをやめていただけますか……」

「私、置いてるだけだよ?」

「同じです!」

「同じらしいよ」

「同じなんだ……」


 未知の文化に出会ったとばかりに話している私たちに、リンの顔に疲労が浮かぶ。


「とにかく!お二人で何か恋人っぽいことをされる際は、リンにお知らせくださいますようお願いします!」


 顔を赤くしながら必死に叫ぶリンに、最初の恋人ごっこの事は言わないでおこうと密かに心に誓った。

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