第9話
手が進まない。いつものように図書準備室に残ってパソコンを開いたはいいものの、頭の中がぐちゃぐちゃとしてまとまらない。
書かないと、書いて本にしないと。焦っても何も思いつかない。書いては消してを繰り返して、結局白紙のままのメモを保存してパソコンを閉じた。こんな時くらい励ましてくれればいいのに、今日に限って半透明の小犬はどこにもいないのだ。
文芸科の資料室から話し声が聞こえて帰ろうとした足を止める。こんな時間にこの教室に誰かいるところなんて見たことがない。そろそろ戸締りの時間だし、何かがあったら私の責任になりかねない。面倒だけど、確認して帰るか……。声は教室に近づくほど鮮明に聞こえるようになる。
「ちょっと――、――して――」
「は――」
扉を開けようとして手が止まる。この声、フェルカと彼に嬉々として声をかけていた女の子の声だ。まさか変なことしてないよな?いや確認もしたくないけど……。
やめておこう、薮はつつかないに限る。教室を背にしたところで、グルル、と何かが威嚇するような低い唸り声が響く。
驚いて振り返ると同時にカバンから小犬が飛び出して、私の前に立ち教室に向かって威嚇し始めた。
「え、なに……!?」
教室からは唸り声だけでなく、ガアガアと鴉の掠れた鳴き声まで聞こえ始める。そんな状況でも小犬はずっと教室を睨みつけて動こうとはしない。
教室の中で何かが起こっている、それは間違いない。ただ、何が……?
恐る恐る教室に近づいて扉を薄く開ける。心臓がバクバクと痛いくらいに跳ねて、指先がカタカタと小さく震えている。扉にぴったりと背をつけ、隙間からそっと中を覗いた。
中は酷い有様だった。
まず目に入ったのは教室中を舞う、薄く透けた鴉の黒い羽。それを追えば、地に落ちた半透明の鴉が倒れ伏した少女を守るように羽を広げていた。そんな鴉を数匹の小熊が囲んで爪を立てているのが見えた。爪を立てるたびに鴉は小さなカケラとなって地面に散らばっていく。
暗くて吸い込まれそうな深い深い海の色。人の輪郭が保てなくなったような、ぐにゃりと歪んだような姿のフェルカがそれを静かに見ていた。
「な、なにこれ……」
思わず漏れた声にバッと口を押さえる。
恐る恐るもう一度教室を覗けば転校生の姿は元のヒトの形をしており、周りにいた小熊たちも忽然と姿を消していた。それどころか、彼は足元に倒れる少女を優しく抱えると近くの椅子に座らせた。まるで今倒れている彼女を見つけたように……。
そのまま散らばった半透明のカケラを足で踏みつけて。――あ、目があった。
「なにしてるの?」
ガラリと扉が開けられて、廊下に座り込んだ私をフェルカは見下ろす。何も言えないままの私に、彼はコテンと首をかしげて口を開いた。
「覗き見?良くないと思うな、そういうのは」
「……フェルカ、くん」
「なぁに委員長」
底の見えない深海のような瞳が私を認めてキュウと細められる。やめろ、そんなに楽しそうな顔で私を見るな。
「キミ、ここに何しに来たんですか」
私の生きる意味を殺しておいて、楽しそうな顔をするんじゃない!
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