第5話

「ただいま」

「おかえり、メイサ。テーブルにお供え用のごはん置いてあるからお願いね」

「……わかった」


 夕飯の準備をしているお母さんに声をかければ、作業の手を止めずに返事が返ってくる。おばあちゃんの仏壇に毎日お供え物をするのは私だ。お母さんは、もう長い事仏壇のある部屋にさえ入っているのを見ていない。

 おばあちゃんは優しくて、あたたかくて、強くて、美しい人だった。そして、小説家だった。


 私は昔からおばあちゃんの書いた小説を読むのが大好きだった。彼女の書く言葉の柔らかさだとか、キラキラ輝いている世界が見えるような表現だとかが蓄積して、自分もその物語の一部になっていく感覚。半透明の小犬が見えるようになったのもその頃で、仕事中にも関わらず彼女の部屋に突撃しては、新しい物語を読んでいたものだ。


 そんなおばあちゃんを見て、私は小説家を目指している。……お母さんにいい顔はされないが。

 カバンからクリアファイルで厳重に守られた、しわひとつない紙を取り出す。紙の上部には進路希望書と書かれている。


「お母さん、コレ進路希望書」

「あらもうそんな時期なのね。メイサなら難しい大学も目指せるんじゃない?」

「……私は小説家になりたいから、もっと小説のこと勉強できる大学に行きたい」


 私の言葉にお母さんは、ようやく手を止めて私の方を向いた。困ったように眉を下げながら私の手に握られた白紙の進路希望書を見ている。たまにするその表情にはいい思い出がない。

 続く言葉を覚悟して、グッとお腹に力を入れる。


「芸術の星にいるからって芸術家にならなくたっていいのよ」

「でも私は、ずっと小説家になりたくて頑張ってるよ」


 お母さんの目が私を見る。私と同じ、吸い込まれそうなほどの漆黒。その目が私はずっと怖かった。


「こんなこと言いたくないんだけどね。メイサ、本当に小説家になりたいの?」


 一瞬、息が詰まる。


「メイサがおばあちゃんに憧れてるの分かってるから文芸科に行かせてあげたけど、メイサはそこで成長できたの?」

「そ、れは……」


 言いよどむなんて悪手だ、分かりきっているのに言葉が続かない。お母さんの目が見られなくなって、視線がだんだん足元に落ちていく。

 張り詰めていた空気がフッと緩む。お母さんの声がほんの少しだけ柔らかくなる。


「小説家になってほしくないわけじゃないの。でも、メイサはもっと完璧な大人を目指せるわよ」


 完璧って何?聞きたくても、水分を失った喉が張り付いて声が出ない。ただ黙って頷いた。

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