4 予言

「あきませんで!」


白髪、丸顔、小太り、こんがり焼けた肌。


タンクトップに半ズボンという、8月にはふさわしい、この年齢にしては元気にも程がある67歳、つとむさんは、強くそう言った。


まだ、朝の7時だというのやけに元気である。


「そこをどうにか。お願いします!」


会議室で僕の目の前に座る努さんは肘を立て、指を組み、顎を乗せる。


さすがは人生の大先輩。威厳がある。


僕はおでこの前で両手を合わせる。


「あかん。あかん。この時期に大雨はほんまにあかんって」


「そこをどうにか!」


「お米なくなるやん。知らんけど」


「天災ポイントが貯まってまして、消化しないとまずいんですよ」


「そない言ってもなぁ。人が大勢亡くなったら、俺のせえになんねんで」


「責任は僕が!……とは強く言えないですが」


「そうやろう?色々面倒やもんな」


努さんは手の甲に顔を鎮める。


「まだ着任して半年ですし、ここでやらかすのは痛いです」


「そうや。あんた、まだ半年か?」


努さんは少し目を見開けたあと「ようさん頑張ってくれてるな」と付け加えた。


「ありがとうございます」


僕は頭の後ろを掻く。


努さんは、天気のカミサマ歴50年。ずっと日本の天気を責任を持って、管理している。


「俺、そろそろカミサマ辞めたいんやけど」


着任して何回目かのセリフ。カミサマは後継がいないことには辞められない仕組みになっている。


努さんには息子さんが3人ほどいるみたいだが、天気のカミサマには相応しくないのか、ずっと後継がいない。


努さんはそれなりの歳ではあるので、死ぬのが先か、後継が先か、みたいなもの。


努さんは以前から「そろそろ辞めたい」とたまに言っていたし、それは僕が着任するよりもずっと前から言っていたらしい。資料に載っていた。でも、なんだかんだで辞められずにズルズル10年ほど経ってしまったようだ。


「すいません。後継がいなくて」


なぜ僕が謝るのかは僕も分からないが、適切な言葉が思いつかなかった。


後継は僕よりももっと偉いカミサマなのか、はたまた別の何かが決めているのか、僕も知らない。


つまりは人智に及ばない何者かが振り分けているので、僕がどうにかできることではないのだ。


ちなみに、僕が誕生日きっかけでカミサマになったことは例外的で、3年ほど座長がいなかったらしい。やばすぎる。


本来なら(昔古文書で読んだものを信じるなら)、本家と血統が近いものが3名選ばれて、その中からランダムで選ばれるはずなので、不在になるはずがない。


本家が途絶えたことで未だに日本のカミサマ界はとても混乱しているのだろう。


「しんどいねん。ずっとカミサマやってるの。責任かて重いし、ニュース見て人が大雨で亡くなってんの見たら、悔しいし、しんどくなるし。カミさんはとっくにカミサマ辞めて極楽に生きてんのに」


努さんの奥さんである行枝ゆきえさんは以前天災のカミサマだったが、憶さんが後継になったことですぐにカミサマを引退された、と資料館で読んだ。


「はい」


「後継はなぁ、俺も探してんねん。……けど天気ってけっこう願いるやんか。だからなぁ、難しいんやろな」


努さんは肩を大げさに落とす。


ちなみに後継を探す、とはその名の通りで、「この人後継者にいいかも」という人を後継ノートに書くことで、後継者になる可能性があるというもの。僕も知り得ない誰かが後継ノートのことをどこまで見ているかは分からないが、カミサマ始まって以来10冊目だというのだからすごいし、「引退できたゼット!」などのコメントも残されているので、全く効果のないものではないのだろう。


身を任せるだけではなくて、自ら見つけてくる方が早いかもしれないので、40代になると大体のカミサマは後継を見つけてくるのだ。


「いつもありがとうございます」


僕は深く頭を下げる。


「まぁ、天気となにかを掛け持ちすんのは無理やから、後継見つけるまでは生きなあかんとは思っとるで」


天気のカミサマは、忙しいランキングトップに君臨する役職で、毎日の天気を調節している。そのため、他のカミサマと両立するのは難しいし、現実的でない。しかも、専門的な知識も必要なのだ。


「僕も全力で後継探すので、もう少し頑張ってください!お願いします!」


僕は深々と頭を下げる。


「ええよ。あんたは何も悪くないんや。俺も働けるとこまで生きるしかない」


今、努さんに死なれたら非常に困る。困る。困るのだ。誰が代理をやるんだよって話になる。


「はい。なるべく健康状態が長引くように、サプリは引き続き送りますね」


僕が座長になったときからなるべくカミサマを続けてもらうべく、効くという健康サプリを毎月送っている。


「あのサプリな、ほんまに効果あんねん、すごいわ。頼むで」


努さんは、深いシワをさらにくちゃあとして笑う。この笑顔がとても可愛い。


「そやそや。あんたに自慢したことがあんねん」


努さんはそう言って、ズボンのポケットからスマホを取り出した。


スマホカバーのなかには、奥さんと息子さんとニコニコ笑顔の努さんがうつっている写真が挟まれ、家族への愛がヒシヒシと伝わってくる。


努さんは器用にスマホの画面をタップしていき、僕の目の前に画面を見せてくる。


『60代じいさんの天気予報!ほぼ当たる!』


え。ブログ?


「最近な、ブログってやつで、60代!天気予報!ってのはじめてんな。俺が天気操ってるわけやから、当たり前に90%ぐらいは当たるやん。これが、好評でな。天気予報より当たるいうてな、pvが伸びてんねん。それが、ほんのちょっと嬉しくてな。最近はいつどこでこういう警報が出るっていうのまで予報してるわ」


警報まで予報……それは大丈夫なのだろうか。少し心配になる。あくまで僕たちの存在は機密事項。バレないでくれ、と願う。


「それ……ちょっとまずいかもです」


「なんでや!」


努さんは声を荒げる。


「だって、僕たちは国や世界の秘密事項ですし……」


「せやけど、これぐらいでバレたりせえへんやろ?」


「まぁ……」


結局、お茶を濁したカタチで努さんとの会議は終わった。


「今日も更新するでな!」


そう力強く言い努さんは会議室を後にした。



気持ちがざわざわする中、この日は時間があったので高校に行った。


「おい〜しかるぅ〜最近休みすぎな」

「然じゃん、まだ生きてたんだ」

「木津川然さん、課題を提出してください」


たまにしか学校に顔を出さないけれど、クラス内でまだ存在していることに毎回安心する。


「おうっ、たまに来るだけえらいだろっ」


僕は友達の遊に肘で突きながら言う。


「僕が来たら嬉しいくせにっ」




その日の夜、政府側のカミサマ担当から電話があった。「天気のじいさん、暴れてるなぁ、歯止めかけとけよ」と言われて、その一言で電話を切られた。そうだよね。やっぱり規約違反だよね。次の日、努さんに会いに行き説明すると「えぇ、俺の生きがいそれしかないのにぃ。やだやだ。辞めないよ俺」と言われ、僕はそこをどうにか!と頭を下げた。

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18歳で日本のカミサマのトップになりました 桐崎りん @kirins

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