2 ふつう

おはよう、おはよう、おはよう、おはよう


僕が目を覚ますと、すべてのものが挨拶をするのでとても騒がしい。


とりも、むしも、椅子も、電柱も、ベッドも。


改めて繰り返すが、僕が住むのは現代の日本であり、の高校生である。


しいていうなら、変わっているのは僕たち家族であり、特に僕であり、あとはカミサマ資格を有する者だけであり、それ以外はいたってふつうなのである。


朝、階段を駆け降りると、母とキツネが、朝ごはんを作っていた。


僕はキッチンを横目にテレビの前にあるダイニングテーブルに腰を下ろす。垂れ流しのニュースでは、地震についての話題に触れていた。最近、全国各地で小さい地震が続いている。専門家と紹介された人は「これから大きな地震が来る予兆である可能性が高い」と国民を脅すようなことを言う。


僕がそうはさせない。


目の前には、お茶が入った白いコップと、塩と、コショウが並べられていた。


「■■」


「ありがとう」


どうやら、僕のために用意してくれたお茶らしい。


うちで飼っている?うちの召使キツネ(本当にキツネ、そして名前もキツネ)は僕たちと意思疎通できる。


某漫画のほんやくコンニャクのようなことが元からできた僕にとったら(または僕ら家族にとったら)楽勝である。


黄金の毛がふさふさしており、触るとそれはもう、シルクのような滑らかさ。

母や僕がブラッシングをよくやっているので、毛並みも揃っている。キュルキュルした黒目。つんと長い鼻。


二足歩行で器用に歩き、黄色の花柄エプロンをつけ、レタスを千切っている姿はよく考えてみれば滑稽である。


立っていても身長は母の胸ほど。120cmくらい?折りたたみ式の台に乗っている姿はかわいらしい。


「■■■」


「うん。僕は目玉焼きかな」


「■」


キツネがフライパンに卵を割った。


ジュウッという香ばしい音がダイニングテーブルまで響く。


しかるくん、今日は学校は?」


母が味噌汁にみそを溶きながら言う。すらっと細身。頭の後ろで髪をまとめお団子に。一般的な主婦像にぴったり当てはまる。違うのは、鬼に育てられたということだけ。昔は近所のスーパーのレジのパートに行ってたけど、今は辞めている。


「休む」


母は、母の母、つまり僕にとったら祖母が、カミサマであったことを昔寝る前によく聞かせてくれた。そして、「私には才がなかったのね。残念ながら」最後は必ずそう締めくくる。


だから、僕がカミサマになったと母に伝えたときは、これまで見たことが無いくらい顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流して、喜んでくれた。


カミサマになることが家業である、我が家でカミサマになれなかった母の居心地の悪さは考えただけでも吐き気がする。僕が知っている限り、親戚も親族も母と姉以外はカミサマの経験があるか、後継として名が挙がっている人ばかり。年末年始に親族で集まった時も、なんのカミサマになったか、どういう実績を挙げたかの自慢話だらけ。特に父が亡くなってからは、我が家はひとりもカミサマがいないということで肩身が狭いどころか、居場所がなかった。


僕が座長日本のカミサマのトップになったと知った時の親族一同の顔は一生忘れないだろう。


ただ、座長になったことで僕は学校に通う時間がなかなか取れなくなった。


家業を継いで学校を中退することはこの家系では美談とされる。


『中卒』それは、ある意味称号だった。若い頃からカミサマをして日本に尽くしてきました、という。


でも、僕は学校を辞めない。大体僕にはこのカミサマという家業に一生を費やすつもりはさらさらなかった。


座長の後継が見つかればさっさと辞めて、ふつうに仕事に就くのだ。この仕事に命をかけるなんてバカバカしい。


とはいえ、カミサマの仕事は生半端なものではない。僕がちゃんとしないと日本がとんでもないことになる可能性だってあるのだ。例えば、大地震が毎日のように続いたり富士山が噴火したり。


ちゃんと責任感を持って仕事をこなしているつもりではある。


毎日いろんなカミサマと会って話をして今後の方針を固める。カミサマをまとめて、報告書を書く。メールでやり取りして、毎日の日本を記録する。これからどうしていけばいいのか、ということを考えることに加え、今日も保っていかなければならない。今日天災のカミサマに会うけど、天災を起こさないといけないからといって、今、大地震を起こせばいいわけではない。


どうにかこうにか時間を見繕って、週に2回は高校に赴くようにしていた。大体早退するけど。


「■■」


キツネが出してくれた目玉焼きと、白米を交互に、丁寧に口に運ぶ。


カミサマは、というか僕は、生まれた瞬間から、ほとんど食べなくても生きていける身体だった。もともと身体の構造から少し違うらしい。でも、一般人として擬態するために3食食べてきたし、その辺の草を食べたり空気中の水分を凝縮して飲んだりもしていない。もちろん。

ただ、もはや学校に行っていない僕は食べる必要はない。


でも、僕は食べることが好きなのでやめない。いまや、唯一の娯楽でもある。


まじで、キツネのご飯は美味しい。


最後に少し残しておいた味噌汁を飲む。


「■」


「うん」


「■」


キツネとの会話もほどほどに、僕は自室に引っ込んだ。


元々4畳ほどの小さな部屋だが、今は時空を操り、東京都ほどの大きさがある。


この中で、僕はさまざまなカミサマと一緒に住んでいるのだ。


さて、僕の役職を振り返るが、僕は今のところ日本で1番力を持っている(あくまでも日本で)。僕の上には、アジア一帯を仕切るカミサマがいるし、その上には北半球を仕切るカミサマがいるし、その上には地球を仕切るカミサマがいるし、その上には地球を含めた太陽系を仕切るカミサマがいる。それ以上は会ったことがないから分からない。


僕は、透明な階段をトントンと登って、いくつもの階を抜けて、最上階に向かう。


透けて見える下はたくさんの建物と、樹木。いわゆる、都会ではあるけど街路樹が多いところに近い。でも、時空をいじくっているのでちゃんとした街ではなく、おかしなところも多い。アヒルのおもちゃが積みあがっていたり、3mぐらいのトイレの便器がまるで建物かのようにあったり、小さすぎてミニチュアみたいなビルや一軒家もある。


今日は季節のカミサマとの会議が控えていた。


約束の3分遅れで会議室に入るも、誰もいない。カミサマは時間にルーズなのである。


10分ほど、ぼうっと考え事していると「しかるくん!ごめん!遅れた!」と身長130cmほどの男の子が会議室に現れる。


ツンツンヘアに黒く焼けた肌は夏休みに楽しんでいる証といえる。緑色の半ズボンに赤色のタンクトップというクリスマス感が否めない服装。手には夏休みの宿題だろうか、貝殻が貼り付いた円柱型貯金箱。側面は海を意識して塗られただろう青色や水色などがマーブル状に広がっており、砂浜のような茶色の部分もある。そこに欠けた貝殻や綺麗な貝殻が貼られている。


「久しぶり」


「おひさなのだ!」


実世界でも、小学校に通っているせつくんは、この年齢にして日本の季節を司っている。


「今日なんだけど、季節をいつ変え始めるかってはなし?」


説くんは、そう言いながら会議椅子に座って、資料をパラパラめくる。

生まれてわずか3年でこの役職につき、7年も季節のカミサマをしていると慣れようがすごい。


「そうそう。どうしていく予定?」


たとえ小学生であってもカミサマであることに変わりはないので、基本的には本人の意思と考えを尊重する。


「うーん……とりあえず、まだ夏でしょ?8月だし。9月末ぐらいから秋にするのはどうかな?」


「おぉ!いいじゃん!」


ちなみに、どうやって季節を調節するのかというと、それ専用のノートがあり、そこにがんを込めながら、希望の季節の変わり方を書く。


でもこれはあくまでも希望であり、必ずしもこれ通りに行くわけではない。僕らの上にはまだまだ偉いカミサマがいるので、その人たちが、全世界を俯瞰して見つつ、それぞれの希望も飲みつつ、色々計算してくれている。


だって、日本だけ平均気温が例年より低くなり、世界的には高くなれば、なにかおかしいことになってしまう。


「今年は夏が暑かった分、冬もとびっきり寒くしたい!」


この小学生男児が日本の季節を担っていることを公表したらどうなるのだろうか、と少し想像してみる。とはいえど、僕も僕で、まだ成人して間もないのに日本を背負っているのだ。


「おぉ……日本中の寒がりが泣くぞ、おい」


すこし揶揄う。


説くんはこの揶揄いをするっとぶっ飛ばし、貯金箱を僕に見せてくる。


「見てみて!せつが作ったんだ!」


「かっこいいね!」


「ママとパパとりっくんとやっくんで、海に行ってぇ、それで作った!」


ちなみにりっくんとは3歳下の弟・理人りひとくんで、やっくんは5歳下の弟・弥生やよいくんである。理人くんは季節のカミサマ後継第一候補で、万が一説くんに何かあったときは弟の理人くんが継ぐことになる。弥生くんは第二候補。


「ママにね、すっごいほめられたの!かわいいね、かっこいいね、って!」


「僕も欲しいぐらい素敵だよ」


「ありがとうだけど、あげないよ。りっくんにあげるんだから!」


「喜ぶね」


「うん!」


「じゃあ、せつは友達とプール行くから!」


子供ってすげぇ体力。これからプールだって。信じらんない。


それに、僕に自慢するために手作り貯金箱を持ってきていることが健気でかわいい。


僕は説くんが残していった会議の資料を持ち、ホクホクした気持ちで会議室を出た。


「さ、今日はこれから天気と天災のカミサマにも会うぞ」


と階段を駆け降りる。



「えっとですね、そろそろ天災起こさないと、バランス崩れます。てか、崩れるので自己判断でちょい出ししました」


「知ってます。ニュースで見ました。ちょい出しは必要ですけど、ちゃんと先にメールで報告してください。困ります」


「へいへい」


めんどくさいが一面に出た声で答えられて少しカチンとくる。


「今後はちょい出しを数回して被害は最小限かつ天災ポイント減らす方向性でいいですか?」


「天災ポイントがかなり溜まってて、ちょい出しだと、爆発するほうが先になるかもですが」


「まじですか?」


「こんなピンチなときに嘘言わないっすよ」


「すいません」


僕は小声で謝る。


「最近、まじで治安悪くて萎えます。しんど」


スーツ姿のおもうさんは、会社で最悪な上司に変わったらしく、いつも以上に機嫌が悪い。


前髪は目にかかり、スーツはくたびれているが、髭だけは綺麗に剃られている。明らかに不健康な肌の白さで、常に目の下にはクマがある。日本人男性平均の身長、細身。カミサマなのに、会社にこき使われている。憶さんもカミサマの中では変わった方で、どんな上司になろうと、一般的な社会生活は続けたいのか、会社を辞める素ぶりは見せない。会うたびにひどい愚痴を聞かされるので「辞めたらいいのでは」と何度も言ってみたが今だに辞めていない。やる気が皆無な(僕にはそう見える)、その瞳はうつろうつろし、どうかこの人が暴走して大災害を起こさないように、会社を潰さないように、と心から願う。


天災ポイント:人の悪意や嫉妬、怒りによって溜まっていく(日本中の悪意などが天災ポイントに置き換わる)ので、みんなせめて悪意や嫉妬は控えめに!!ある基準(明確ではない)を超えると、自動的に天災が起き、ポイントリセットが行われる。そのため、ちょい出しを繰り返しある基準を超えないように調節している。


「まじでだるい」「だるい」「しんどい」


ネガティブな言葉を言うだけ言って、憶さんは消えていった。


「ちょい出しで!」


と僕は叫んだ。



スマホがピロンとなる。


カミサマとやりとりする専用の通信機器、政府から支給されているやつなので、僕は機械に詳しくないけど何か特殊なのだろう。


これしか使うな、と強く支持されている。


『莉佐:近々直接会って話したい。あと大きめの消しといた。ほら、あのずっと居座ってたやつ』


『日程決まり次第メールします』


そう返して電源を切る。


毎日毎日24時間着信音がうるさいので。







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