◇◇村上健司◇◇ 友情

「……なんでそこまでの推理ができんだよ」

「だって交際三時間でヤッた……じゃなくて、セックスで、その後事情により話し合って一旦保留だろ? そんくらいスピーディーじゃないと計算合わない」

「はあ……」

「いやもう全く余裕ないじゃん! あのドラマみたいな展開、素でやるやついるんだなー!」

 ナツは感心したように目玉をあさって方向に向ける。

「……それ、一颯にも言われたわ」

 あの時の会話を思い出し、ぼそっと言葉が漏れた。俺もナツの前だと取り繕う気が起きず、つい本音が出てしまう。


「なんか……こんなに余裕ない健司初めてで超新鮮なんだけど。お前、いつもつき合う子には紳士的ってか、ちゃんと余裕もって大事に接してきたじゃん」

「……つまり今、俺は紳士的でもなく余裕もなく、大事にもできてないって事だな……」

「まあ、はたから見る限り、少なくとも余裕はないだろ」

 はっきり指摘しやがるな。慰めに来たんじゃないのかよ。

「どうしよう」

 さらに深く毛布に顔を埋める。

「単純に今までとは比較にならないほど好き、って事なんじゃないの?」

「…………」


「いやー。今までのお前とのあまりのギャップに、俺のほうが超ドキドキするわ! 萌える!」

 いや、絶対面白がってるって。

 でもナツが来てくれて、いつもと同じ能天気なテンションで言いたいこと言ってくるのを見てると、死にそうだったメンタルが少し上向いた気がする。

 俺、一颯を失ってもやっていけるかな。あ、だめだ、考えるとまた涙が出そうになる。


「なんか健司、これ懐かしいな。俺が最初の恋愛で、もうどうすりゃいいのかわかんない状態でお前んちに駆け込んだ時の、全くの逆バージョンだもん」

「そうだよなー」

「恋愛ごときで胸がほんとにぎゅーって痛くなるのか? って聞いたら『なる』って即答だったじゃん? しかも小学校のフォークダンスとかいうからたまげたわ。初恋ってそういうもんかあ、みたいな」

「その時の……フォークダンスの相手、なんだよね」

「は? え?」

「いや、その、今回の……」

 またごにょごにょと口ごもり、頭に被っている毛布の両側を両手で持って、顔の前でカーテンみたいに閉じる。


「あっ! 待て! 健司さ、中学の最初の頃、めちゃくちゃ小学校の同窓会楽しみにしてた時あったよな? 部活で死んでんのに『服買いに行く、一緒に来て』とか浮かれちゃってそれに付き合わされた。それがフォークダンスの子で、えーと名前が、わりと変わってた。そう!〝いぶき〟だよ。え、で、一颯、ってお前さっきから小声で言ってるよな。え! 待て! 一颯って子、今回のキャリア採用の最終に残ってたよな? お前んとこの採用で、やたらプログラミングのできる子!」

「そう、その子さ、品川の姪なんだよ」


 そこでナツの顔つきが面白いほどパッキリと変わった。

「フルネーム、なんだっけ?」

「月城一颯」

「品川って、買収がしつこいとか枝川が話してた品川ゼミナールの品川?」

「……そう」

「裏があるんだな?」

「ナツ、社長だし、知っててもらわないと、いけない事でもあるよな……」

「溜めとけないくらいいっぱいいっぱいなんだろ? 吐き出せよ。会社にも関係ある事なら仕方ない。プライベート部分はここだけの話にする」

「ありがと……」


 俺はそこからぽつぽつと話し始めた。

 プライベートに触れないわけにはいかない。でもCanalsに関係のある話にできるだけ絞った。つもりだけれど、頭が混乱しているし、そもそもプライベートときっぱり分けるのは難しい。

 キャリア採用で一颯が入社、再会した初恋の子は記憶喪失で俺のことを覚えていなかった。入社は品川の差し金で、内部事情を探る目的のほかに、ハッキングで個人情報を流出させ、IPOを阻止、銀行融資を渋らせて困窮させ、買い叩く作戦だった。

 その後の俺と一颯の動向も話した。一颯の両親の交通事故。同姓同名の俺を、その犯人だと洗脳されひどく憎んでいた事。焼失したと伝えられていた一颯の実家に連れて行った事で、彼女は記憶を取り戻し、俺の嫌疑は晴れた。一颯の実家からは、おそらく生命保険などの重要書類を持ち出せた。


 Canalsの買収に固執する品川は、Canalsを手土産にすることで、東欧塾との提携話を取り付けている。でも一颯がCanalsのハッキングをやめたことで、買収はできない。

「じゃあ、買収に関しては一件落着?」

「たぶんな。まだ足掻いてて、一颯に圧力かけてるよ。一颯が品川のところに戻るなら、買収は諦めてもいい、とか。東欧塾をバックにつけた事で多少強気になってるんだろうが、まあうちを買収できなかった事で、品川ゼミナールと東欧塾の提携は白紙だな」

「健司と月城さん、恋愛関係なんだろ? 健司を助けたいなら戻ってこい、って事だな?それだけのハッキング能力なら、またなんの悪事をやらされるかわかんないぞ」

「そう。だから一颯は戻せない。絶対な」

「会社の方の事情は分かった」

「うん」

「で?」


「で、って……」

「もっとなんかあるんだろ? 月城さんは引き取られた品川の家で、実家が焼失したなんて虚偽罪にもなりそうな事を信じ込まされてた。そこまで不当な目に遭ってたなら、顧問弁護士と相談して法的な措置をとろう。うちをハッキングされそうになったわけだし、会社に関係がある。で、健司がそんなにボロボロになってる直接の原因はなんだ?」

「……一颯は、品川の息子、品川洋太さんと婚約をさせられてる。司法書士も入れて、法的な誓約書を作ってる」

「なるほどな。それがいったん、別れる、の理由か。月城さんがそれを破棄してくると。個人の意思を尊重してない婚約なんか無効だろ」

「俺も強制的な婚約なんて無効だと思ってた。品川って変な催眠術みたいなのを使うんだよ。けど、あの二人に感情的なつながりがなかったわけじゃない。一颯と洋太さんは、品川のきつい監視のもとで共に生活してたらしい。その中で洋太さんの方は一颯に恋愛感情を抱き、一颯は持てなかった。持てなかったけど、恋愛感情とは違う家族みたいな、裏切れない気持ちがあるんだ」


 ナツは腰掛けたソファの背に身体を預け、腕組みをした。

「なるほどな。それを健司はわかってなかったと? でも月城さんは健司が好きなんだろ? ちゃんと婚約解消して戻ってくるんだろ? それでなんで健司がそんなサンドバックみたいな状態になってんだ?」

「一颯は……戻ってこない。いや、戻ってきちゃダメなんだ。俺といると幸せにはなれないから」

「は? なんで?」

 俺はナツに、一颯が両親の事故の前、妹の二葉ちゃんとサービスエリアで後部座席の左右を交代した件について説明した。そのせいで二葉ちゃんは親の死を間近で目にすることになり、うつ病と失語症を発症した。一颯は自分のせいだと思っている。

「一颯が席を交代したのはな……小学校の時に、俺がクラスで白衣観音の話をしたからだ。それが見たかったらしい。うちの部の新規事業の説明会の最後に、インパクトに残る仕事をしろって、白衣観音のスライドを見せた。一颯はまだ記憶喪失の状態だったのに、具合が悪くなって倒れたよ。俺といればフラッシュバックが起きる」

 さすがに驚いたのか、ナツは三秒くらい口を閉ざしていた。

「フラッシュバックが起きるとは限らないよ。それは可能性の問題だ。今、月城さんは、健司がした白衣観音の話に惹かれて、それが見たくて席を替わった事、思い出してるのか?」

「考えてみたんだけど、たぶん思い出してない。一颯、日記をつけてたんだよ。それって旅行の前で終わってるわけだろ? 行き先がそこだったわけじゃないみたいだし、途中にそれが見える、ってことは、親が近くなって教えたんじゃないかな? じゃなければわざわざサービスエリアに入って席を交代したりしないだろ? 一颯は日記に書いてあった出来事に沿って記憶が戻ってる節がある」

「そうなんだ……」

「自分が、一颯の不幸の元凶なんて……俺、どうしたらいいんだろう」

「不幸の元凶なんかじゃないって。偶然が悪い方に重なった結果だろ? たまたま二葉ちゃんが他のとこを、見てたらそうはならなかったし、違うぶつかり方をしてれば結果も違う。それを知った時に、月城さんがどう感じるかだよ」

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