◇◇村上健司◇◇ 対峙
「月城。俺の年齢は今、二十六だ。その記事の村上健司とは別人だよ。免許証見るか?」
「必要ないよ。それも説明された。Canalsの公式ホームページで副社長の生年月日はわかるから。それ、偽造だよね?」
「はぁ? いや。ホームページの生年月日は偽造できても免許証は無理だろ? 公的な発行物に偽った情報を細工すれば、それは文書偽造罪だろ?」
「でもできないわけじゃない。わたしと対面するようなことがもしあれば、きっと村上健司は偽の身分証明書を見せてくるだろう、気をつけろ、って叔父さんに注意されてるよ」
叔父さん……。それが、こんな危ないことを月城にさせている黒幕か。
「いや、待て」
「そのくらいのことはやるよね。人を二人も殺めておいて謝りに来たこともない。お墓参りも来たことがない。罪の意識なんてないもん」
月城の虹彩は揺れ、いつもよりずっと煌めいている。それでも手を目のあたりに持っていくことはせず、ひたすら涙が溢れるのを、筋肉を引き締めることだけで耐えようとしている。
痛々しくて、こっちの胸が締め付けられる。
「月城。これ、見てくれないか? 俺たちは本当にクラメイトだった。同じ年齢なんだよ。俺はその裁判記録の男とは別人だ」
俺は用意してきた小学校の卒業アルバムを、通勤用のリュックから引っ張り出す。中高の卒アルも持ってきた方がいいかと思ったけど、全部は重すぎたからその時代のものはいくつかピックアップして挟んである。
俺はテーブルの前に陣取り、そこに小学校の卒業アルバムの俺たちのクラス、六年二組のページを広げた。
直立不動でドア付近を見つめていた月城の全身が、硬直している。興味を示している。
「これが月城だよ。六年の最後は学級委員だった。このアルバムに俺もいるんだ」
月城が思わず、我慢できず、という体でこっちを向いた。
「このページを見れば名前もちゃんと載ってるよ」
月城は卒業時、学級委員だったけど、それは受験をする生徒に負担をかけないためだった。今まで学級委員をやっていたような生徒は、中学受験組が多かったから。
学級委員決めの時のことをよく覚えている。月城と仲良しだった女子の名前があがったけれど、その子は受験をするため、多くの時間を割かれる学級委員をやりたくなかった。下を向いて困っているその子の横で、月城が、自分がやります、と、おそるおそる手を上げた。その顔には自分でみんなが認めてくれるのだろうか、という不安が鎮座していた。
なに、こいつ。と驚いた覚えがある。
恥をかくかもしれない。怖い。でも受験で時間のない友達を学級委員にはしたくない。
惚れていたにも関わらず、俺はたぶん、あの時、もう一度惚れた。そうやって俺は何度も何度も何度も月城一颯に惚れてきた。
中心にいるようで、微妙に中心からずれているような、そんな立ち位置の女の子だった。いわゆる一軍女子ではなかったかもしれない。でも、一軍女子とも臆さず話すし、おとなしいクラスメイトとも仲がいい。仲良しグループがあるにはあったけど、ウマがあう子とは男女関わらず個人的に交流する。がっちりグループを組む女子が多い中で、独自の立ち位置を保っているような女の子だった。
小学校五年、六年の初恋は、想いが強いことに気づくこともできず、ゆえに会えなくなるにも関わらず、どう行動したらいいのかなんて事に考えが及ばない。少なくとも俺はそうだった。
まわりには、小学校卒業を機に彼氏彼女になった猛者もいたというのに情けない。
ラグビー部に入り、大事な仲間ができ、俺の中学生活はこれ以上ないほどに充実していた。それでも俺は月城を引きずり続け、彼女に会えるクラス会を指折り数えて楽しみにしていた。
だけど中学二年のある時から月城はパッタリとクラス会に姿を見せなくなった。
親の転勤なんだろうな、と月城のことを吹っ切り、徐々に他の女子に目を向け始めたのは、それからだったと思う。
「座れよ、月城。このアルバムに向き合ってみて、それでも俺の言ってることが嘘だと思うなら、俺はどんなことをしてでも自分の無実を証明するよ。月城に、自分の両親を殺した男だなんて思われてるのは耐えられない」
期せずして本音が漏れる。
立ち上がり、卒アルの乗る長テーブルの反対側に、月城が座りやすいように椅子を整えた。隣にくるのは、きっと抵抗がある。
月城は、おそらく大いなる葛藤と戦いながらも、好奇心に負けておとなしく俺の用意した椅子に身を沈めた。
「友達に囲まれて笑ってるこの子だよ。月城
「友達……?」
月城はおそらく、大いなる葛藤と戦いながら
も、好奇心に負けて俺の用意した椅子に身を沈めた。
数人の女子の輪の中で、月城は満面の笑みで両手でピースサインをしている。今より少し長い、今と同じようにサラサラの髪。
月城も同じ卒アルを持っている。記憶を失ってからも何度も見たものかもしれない。そういうところから親族は記憶を取り戻させようとするものだろう。
いや……。いやいやいや……。もしかしたら……。
思い当たってしまった可能性を今は表に出すことはやめよう。
「え……笑ってる?」
思わず漏れた声には盛大に驚きが含まれている。月城の反応は、明らかに初めてのものに接するそれだった。
「こっちが俺だ。俺は身長がこの頃より二十センチ以上伸びてる。面影があるかどうかはわかんないけど」
俺の方も男子数人で入り乱れているふざけた
日本の生徒、学生のピースサインは、警察における敬礼かなんかなのか? 俺含め、どいつもこいつもワンパターンもいいところだ。
「これがうちのクラス、六年二組のメンバーだよ」
ひとりひとりが写る個別のクラス写真のページを開いた。
前傾姿勢でいた俺は、ちらりと月城の表情を上目遣いで確認する。表情がない。
「この子が月城。こっちが俺だ」
ひとりひとりが写る写真の下には名前が記されている。月城一颯。村上健司。
「俺とこのアルバムに写る人物が同じだって、もう外見じゃわかんないかもな? 中学、高校の写真も持ってきて良かったわ。大学時代のは、プリントアウトしたのがほとんどない。それは成人式の写真しかなかったけど、俺のスマホには山ほど入ってるから。そのくらいになれば面影は残ってんだろ」
俺と同姓同名の男を憎んでるなんて事態は想像もしてなかったけど、本当に持ってきて良かった。
「これが中学一年。二年。三年。高校の入学式。高二、高三。卒業式だ」
俺は小学校から大学時代に至るまでの変遷を、長テーブルの上に並べていった」
大学時代の写真はほぼスマホの中。あるのは成人式の時のものくらいだ。その頃の俺はまだ髪が金髪で雰囲気も今よりずっとチャラい。今、月城の目の前にいる男と、同一人物に見えるだろうか。
大学の三年で起業をしてから、髪の毛は黒染めした。だから大学三年からの方がぐっと今の俺に近づいている。最後にプリントアウトした写真が、Canals創業メンバー十人で撮ったもので、大学三年の二十一歳。これはすでに髪が黒い。
「この後はスマホに入ってる。……えっとな。このへんが大学三年。Canalsを創業してから、まだみんなが手探りだった頃で……。あ、これが大学の卒業。その後は……」
俺は月城に近づきすぎないように気をつけながら、スマホ画面の中の画像を次々に見せていく。
ヨットの時の写真が多く、私服だ。会社でも社内業務だけの時は、無地のトレーナーやパーカーにテーパードパンツって事も多い。だけど完全な私服と、今の格好のような会社モードの私服は分けている。
写真に写っている俺の姿はかなり雰囲気が違うだろうか。でもさすがに同じ人物だとはわかるだろう。
「あー会社のも少しはあるな。これとか最近だ」
海外事業部がアメリカでの大きな仕事を取り付けた時に、創業メンバーで退社後に打ち上げをした。場所は居酒屋だけど、リモートの顔合わせがあったから全員スーツ姿だった。
俺があれこれ説明しながら写真を見せていく間、月城はひと言も口を挟まなかった。何を考えている?
「月城?」
月城はおそらく、ひと通り俺の写真を眺めたと思う。けれど今、凝視しているのは、最初に見せた中学の卒アルだった。放心したように、食い入るように俺が最後に開いたページに視線が張り付いたままだ。
「月城……君の過去だよ。ちゃんと見たいだろ?」
俺は中学の卒アルを取り上げ、月城の方に差し出した。
「……いいの?」
「ああ」
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