◇◇村上健司◇◇ 邂逅 2

 二十八人は四人のチームに分けられている。企画を担当してくれた直属の部下の若松が、男女比を考えてチーム分けしてくれている。俺のチームは入社三年目の男性、若松と、同じく入社三年目の本田さん、一年目の岡部さん、比較的若いチームだ。

 若松がスマホのメモ機能を見ながら組んだチームを読み上げる。

「基本、男女二、二ですが、男性の方が多いので男性だけのチームがひとつできてしまいましたー! でもそれって、僕のところに出欠を伝えるのが遅かった順ですからあしからず。女性にはハンデが二十あたえられます」

 そこで男性ばかりになった四人から、ふざけたブーイングが出る。


「それから三位までは景品が出ますので真剣勝負してください。一位はAmazonギフト券がひとりにつき二万円分です。二位が二千円、三位が千円です」

「なんだその香ばしい配分はー!」

 そこでもチャチャが入る。


 若松はちゃんとゲームが盛り上がる景品の配分も考えてくれている。将来有望だ。営業にいっても使えそうだが、今は浅見さん同様、俺の右腕だ。キャリア採用の二十六歳、同い年の頼れるやつだ。

 同テーブルを使う隣のチームに月城がいた。月城と、一年目の女の子、松井さん、三十を超えてキャリア採用で取った芹沼とSNS広告長の麦田のチームだった。

 芹沼は悪い男ではないが直情型で、思ったことをすぐ口にだす。俺は月城と、一年目女子の松井さんがかすかに心配になった。

 それぞれにゲームが始まる。


 超久しぶりのボーリングにわくわくする。俺のチームの三人が投げ終わり、最後にボールを持ってアプローチまで出ていく。

 そこで、かなりの大きさの舌打ちが聞こえ、反射で振り向いた。芹沼が松井さんをはっきりわかるほどに睨んでいる。


 どうしたんだ? と思いながらも今はこの一投に集中する。ラッキーなことにストライクだった。二投目がなく、そのままハイタッチの形をとってくれている仲間の元に戻って、順番に手のひらを合わせる。

 そこで電光掲示板を見上げると、隣のチームのスコアは芹沼と麦田がストライクで、月城はスペアを出している。そんなスペックの高いチームの中で、松井さんひとりがガーターだった。

 あの舌打ちはそういうわけか。一投目からこれじゃ先が思いやられる。景品が出るとはいえ、社のイベントは仕事仲間と円滑なコミュニケーションを図るためのツールでしかない。楽しく盛り上がることにのみ意義がある。

 しかも松井さんは新卒入社のまだ社会人一年目、ベテランに囲まれて緊張もしているだろう。困った男だ。

 どうにも隣のチームが気になり、そっちに意識が逸れる。


 芹沼が投球のためにアプローチに出ていく隙に、何を思ったのか月城が松井さんの袖をひき、後ろに連れていく。その後、麦田のことも手招きしている。投げ方の助言でもしているのか? 芹沼の投球までの時間が長いおかげで女の子二人は結構な間、話――作戦会議――? をすることができたようだ。

 芹沼は今回もストライクだった。フォームも完璧だし、もしかしたら本格的な経験者で、本当に優勝を狙っているのかもしれない。

 だけど、あんまりひどい態度をとっていたら注意しよう。


「わー! 芹沼さんすごーい!」

「ほんと! わたしのミス全カバーでめちゃくちゃ感謝してますー」

 月城と松井さんの女子二人が、テンションマックスで跳ね、両手を掲げてハイタッチを迫る勢いで、アプローチ付近まで芹沼を迎えにいく。

 そこまで喜ばれた芹沼は悪い気はしなかったのだろう。満更でもない笑顔でハイタッチに応えた。


 苦笑いの麦田も両手をあげてハイタッチの形をとっている。

 もしかしてさっきの月城の助言はこれ? こうやって空気を悪くしないこと?

 その後の隣のチームは、危なっかしくもうまくやっているようだった。芹沼が、ボーリングが苦手らしい松井さんに舌打ちをするような事態は起きなかった。

「芹沼さんっ。ちょっとカナちゃんのフォーム見てあげてくださーい!」

 投げる松井さんと一緒にアプローチに上がっていた月城が、大げさに芹沼を手招きする。面倒くさそうなポーズを取りながらも芹沼は松井さんのフォームを直し、投げ方の指導をしているようだった。


「おっ」

 松井さんのスコアを電光掲示板で確認すると、なんとピンが七本も倒れている。スぺアでもストライクでもないけれどガーターよりはずっとマシだ。

 ここでも月城は率先して喜びまくり、指導した芹沼を持ち上げていた。

「副社長、さっきからどっち見てるんですか? 副社長の気合いが足りないから、中堅どころまで落ちてきちゃったじゃないすか、うちのチーム」

 若松に横目で睨まれる。

「え! まじか。悪い」

「違います……。わたしが下手くそすぎて……」

 岡部さんが近くに来て呟く。


 そうだ、他のチームの心配をしている場合じゃなかった。うちのチームの女の子、本田さんはかなり上手い方だと思うけれど岡部さんが今ひとつ。そしてそれをフォローしなければならない三人のうち、一番スコアが悪いのが俺だった。半分過ぎたところで、最初のストライクからは一本スペアを取っただけだった。

 隣のチームはもう大丈夫だ。

「本気出すぞー! 巻き返すぞー! 岡部さん見てろ、俺たち三人で取り返すからな!」

 その後は俺も月城を見習って、岡部さんに投げ方の指導をしたりチーム内を盛り上げたりしながら自分も十分楽しんだ。

 

 隣のレーンでは相変わらず月城が、その喜び方はさすがにわざとらしいぞ、と苦笑が漏れるような派手な飛び跳ねっぷりをしている。

 俺は自分のチームに注意を払いながらも、横目でそれを確認することはやめられなかったらしい。最終的に俺のチームは二位で月城のチームは三位だった。

 変わらないな……。


 今日の月城の態度を見ていて、小学生の頃の快活と繊細がいい具合に入り混じった性格を思い出す。誰かが困っていればさりげなく手を差しのべる。いきすぎた男子の悪ふざけを真っ向から注意する嫌な役目も月城が担っていた。掃除中に率先して箒で野球、雑巾でサッカーをする俺は、毎度毎度月城に金切り声を上げられていた。

 それもお互いどこかで楽しんでいた、なんて思っていたのは、十四年も経ってから自惚れだったと判明したわけだけど。

 いや、月城は〝変わらない〟じゃない。芹沼みたいな難しい人間の対処能力がめざましく上がっている。それは松井さんのような立場の弱い人間に対する優しさだ。

 月城は優しい。そこは昔から変わらない。

 変わらない、つまりは成長していないのは俺のほうかもしれない。そんな月城をいつの間にか目で追っている。

 騒いで飛び跳ねるたびに乱れるものの、すぐにもとの形に落ち着くサラサラのボブ。


 白い肌に黒目が勝った大きな目。子供のようにはしゃぐ姿。人に対する優しさ。

 再会した月城に対するイメージは、山間から生まれる湧水そのものだった。静かな子じゃないのに、不思議なことにある種の静謐さを持ち合わせている。

 そんな俺が彼女の中に存在していなかった事を考えると、言葉にできないほど寂しい。

 この後、居酒屋に移って飲みの場で新人三人の紹介と、ボーリングの上位三チームの表彰を行う。ボーリング場のあるビルから吐き出された数十人は、まだ後続エレベーターに乗っている残りのメンバーを待っていた。

 月城はすでに降りている。

 俺は、おそらくいつもの調子で自然に視線が月城に向いてしまった。と、偶然なのか、彼女の方もこっちを見ていて、ばっちりと目が合った。しっかりと視線が絡まった。


 月城は口元を歪め、俺から反射的に目を逸らそうとした、ように見えた。

 それを思いとどまったのか、ふっと瞳から力が抜け、柔らかい表情になって俺にかすかに頭を下げた。ここまではっきり目が合ったのに、何もしないのが不自然だと判断したのだろうか。

 俺もごく軽く会釈を返した。

 月城と目が合ったのに、そこにときめきはなかった。なぜなら、月城の視線があまりにも強く冷たかったからだ。なんの感情が乗ってあそこまで厳しい視線になったんだろう。


 月城らしくない。少なくとも、今日、松井さんを気遣った時のような、昔から俺が知る月城の瞳ではなかった。

 嫌われている……? なんかしたっけ、俺

 その後の居酒屋では俺が音頭をとって乾杯し、新しく入ってくれた月城と赤堀さんの紹介をする。

 会はつつがなく進行し、一次会は九時には終わりになった。行きたい者だけが二次会参加になるわけだけど、なぜかうちの部署はほとんどが二次会までくる。今時の若者は社の飲みの席が苦痛だと報道されている。コンプライアンスもあって強要はしていないのに、勝手に盛り上がって二次会までが常時設定されている。敬遠されるべき上司(しかも副社長)の俺にまで半強制のお誘いがかかる。

「副社長! 今日はもちろんオールっすよね?」

 とか、遊びの場ではまだ学生気分バリバリの入社一、二年目の社員にせがまれる。若手の多いベンチャー企業はこんなものなのかも知れないけれど、実際「俺、懐かれてるじゃーん!」と気分が良くなり、ついつい若手に付き合ってしまうのだ。


 まあ俺はまだ二十六だし結婚していないし、入社一、二年目のやつらとそこまで感覚が違うわけじゃない。上司、しかも副社長なんて肩書の人間がいたら普通面倒だろうに、かなり強引に誘われることが単純に嬉しい。こいつら、副社長って思ってないだろ? と訝しくも感じるが、嬉しいもんは嬉しい。

 その日も二次会、三次会と続いた。次の日が休みとはいえ、女の子までオールの勢いだから、さすがに彼女たちには電車のある時間に帰ってもらう。

「副社長、男女差別―! 時代に逆行―! わたし達も行きたあーい」

「いや、そういうことじゃなくて、単純に女の子は危ないだろ? 社の飲み会の帰りに何かあったら大変だし。それは容認できない!」

「えー!」

「てか、遊ぶのはいいけど女の子は危機感を持つの! 社の飲み会じゃない時でも!」

 俺はお前らの親か! と心の中で自分に突っ込む。


 不平顔で帰っていく女性社員に、こっちには責任もあるんだよ、と愚痴りたくなる。

 月城も、ほとんどの女性社員と一緒に二次会まできて、その後はまとまって帰って行った。ボーリング場から降りた道路で目が合ってからも俺は、やっぱり月城に視線が流れてしまっていたと思う。それでもその後は一度も目が合うことはなかった。

 冷たい目で見られていたとか、そんなのは単なる思い過ごしだったんだろうか?

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