◇◇村上健司◇◇ 邂逅 2
そこで俺は、月城が中学二年の時に両親を家族旅行の交通事故で失い、妹と共に叔父夫婦のもとで育った事を知った。
月城の身にそんなことがあったなんて……あまりの衝撃に言葉が出なくなる。
IT関連の仕事をしていたという叔父の影響で、プログラミングに興味を持ったと、笑顔で話している。けれど。
中学二年。そのあたりから、月城は小学校のクラス会に来なくなった記憶がある。叔父さんの家が東京じゃなかったんだろうか。でも経歴は全部東京になっていたはずだ。
もしかしたら、叔父さんの家に行ってから苦労……したんだろうか。エントリーシートを見る限り、きちんと大学まで出ている。国立大の理系だ。
とはいえ、友達とも仲がよく、イベント事には張り切って出席するタイプだった月城が、ある時期からクラス会に姿を見せなくなったことが、どうにも引っかかった。
「この三人で決まりだろ?」
最終面接が終わり、他の社員が帰った後の社長室(ガラス張り)で、デスクに載ったPCの一角をナツが順に指差していく。
「そうだな。受け答えもしっかりしてたし、なんて言っても技術が上位三人と下位三人だとかなりの隔たりがあるもんな」
枝川も同意する。
篠谷宗吾、二十七歳。赤堀あやめ、二十九歳。そして月城一颯、二十六歳。
「この三人でいいか健司?」
ナツが、口数の少ない俺に視線を向ける。
「うん」
「大丈夫か健司。お前の部署だぞ? デジタル人材に力入れたいんだろ? そう要請してキャリア採用に踏み切ったの、お前だぞ」
「うん……」
Canalsは、生徒と講師の相性診断にAIを使いたいと考えている。その他にも使える場所には積極的に使っていきたい。AIをうまく駆使することがうちの会社の大きな方針だ。そっち方面をまとめていくのがデジタル統括本部の俺の仕事なのだ。
月城に再会した時に、その場で採用通知を手渡したいくらい惹かれたのは俺で、今もその気持ちは変わっていない。認めたくないけれど、私情も挟んでいることは否めない。今日の面接はほぼ月城のことで頭がいっぱいだった。
でもなぜだろう。何かを見落としているような気がしてならない。
絵柄も形もジャストで、ここに絶対はまると思い込んでいるジグゾーパズルがはまらない時のようなもどかしさが、脳の片隅で漂っている。
それが月城に関することなのかどうかもはっきりとはしない。俺のことをほとんど覚えていなかったことがあまりにもショックで、まだそれを引きずっているのかもしれない。
ともあれ新規採用は月城を含めた件の三人に決まった。
俺の部署に決まった月城は、「スタバで会ったあの方が、憧れのCanalsの副社長だったなんて驚きました」と笑顔で挨拶に来た。
スタバ以前に会っていることを忘れているのが私情を差し引いても、あまりにも不自然だ。
「赤堀さん、月城さん。進捗状況ってどんな感じ?」
俺は社員が仕事をするブースの合間通路を通って副社長室に向かう。新人ふたりが並んだブースの間で足を止める。月城も赤堀さんも、今は他の仕事をやっている篠谷くんも問題なく馴染んでいる。
月城と赤堀さんはデジタル統括本部本部のSNS運用・アプリ開発を主とするアプリ・広告セクターに、そして篠谷くんは情報セクターに配属になった。
おそらく三人の中では赤堀さんが、一番コードを書くことに長けている。入社後の初仕事として、赤堀さんと月城には、社員の仕事状況を把握するアプリを作ってもらっている。これで手の空いた人は、やる気があるなら仕事の溜まっている箇所を手伝えるようになる。そして仕事のフロー状況は役員にのみ可視化されて届く。一般社員にはその形態のみを告知する予定だ。
「まだかかりそうですね。どうせなら細かい仕事内容まで管理するようにした方が、のちのち使いやすいと思うので」
赤堀さんが俺の方を振り向いて答える。
「そうだね。使いやすさ重視でお願いしたい。リモート陣の仕事状況もね」
「はい」
「そうそう、二人とも来週のボーリング大会、出席でいいんだよね? 歓迎される側も強制じゃないから」
「大丈夫です。楽しみにしてます」
赤堀さんが即答する。
「月城さん?」
「あ……はい。もちろん出席します。わたしも楽しみにしてます。歓迎会、ありがとうございます」
一呼吸遅れて月城が答えた。
「景品でるから楽しみにしててね」
俺は二人に笑いかけると、ガラス張りの副社長室に向かった。
デジタル統括本部のアプリ・広告セクター全体で、月城と赤堀さんの歓迎ボーリング大会をする。もう一人は枝川がトップを務めている情報セクターに配属になったから、そっちで歓迎会をするはずだ。
Canalsは創業当時、みんなが大学三年の二十歳、二十一歳だった。あれから六年たち、キャリア採用で三十代も増えてきたとはいえ、まだまだ二十代後半がボリュームゾーンで、イベントごとになると学生気分で楽しんでくれていると思う。
……月城が俺を見る目に微かな険を含んでいるような気がするのは、気のせいだろうか。
それは再会した時のことを、後から思い起こしてみてもそう感じるのだ。あれほど柔らかくて感じのいい態度を取ってくれていたのに、どうしてそんな気がするんだろうか。
やっぱり、俺をほぼ覚えていなかった事がよほど心に突き刺さっていて、それが原因でそう映ってしまうだけなんだろうか。
歓迎ボーリング大会は土曜日の午後三時に開催だ。デジタル統括本部、アプリ・広告セクターの社員総勢二十八人が現地に集合することになった。
土曜日、俺はたいていヨットで海に出ている。ヨットは学生時代から続けていて、もはや趣味以上の生活の一部になっている。
Canalsには大学のヨット部から今のヨットチームにいたるまでずっと一緒の創業メンバーが何人かいて、そいつらとは休みの日にまで顔を合わせることになるわけだ。
学生時代から現在まで同じヨットチームのナツに「次の土曜日は歓迎会だから休むな」と連絡した時に、腑に落ちないことを言われた。
「社の用事でヨットが潰れるにしちゃ声が弾んでねえか? 健司」
「そんなことがあるかよ」
その時はそう答えた。
いや……。社の連中とボーリング、滅多にないこういうイベントは全然嫌ではない。むしろ創業メンバーとして必要なことだと認識している。実際、俺自身参加してしまえば充分楽しんでいる。
ただ他の娯楽に対して、ヨットが俺の中では大きく優っているだけの話だ。それでいつも声に曇りが出てしまうんだろう。
それはナツや大内や寺田も同じらしく、社の用事でヨットを休む時のやつらの声音を聞いているから、その特徴はよくわかる。微妙に落ちている。
それが、声が弾んでる、だと? そんなことってあるか?
お……?
振り向いてみると寝室のベッドの上には、クローゼットから出してきたと思しきパーカーやらシャツやらセーターが放り出されている。俺はここで、初めてのデートに出かける前の男子中学生かのように、ひとりファッションショーを繰り広げていたらしい。
「ばかばかしい!」
俺は一番近くにあったセーターとテーパードのパンツを手に取り、それに着替えた。私服に合わせた斜めがけカバンを手に家をでる。
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