◇◇村上健司◇◇ 邂逅 2
「副社長、ここんとこおかしいですよ? しっかりしてくださいよ。一ノ瀬社長が海外事業担当で、最近アメリカに行くことが多いんですから。日本の牙城は副社長に守ってもらわないと」
「はあ。そうだな」
今日のスケジュールを伝えにきた浅見さんが、デスク前に座る俺を覗き込む。
いつの間にうちの会社はこんなに拡大してきて、俺に大仰な肩書きがついたんだか。企業当時はまだみんな大学生だった。社長だの副社長だの取締役なんておこがましいわ、照れくさいわ、で名乗れず、体外的には代表とか副代表、チーム長とかで通してきたのに……。
いつの頃からか、それでは体裁が整わず、企業時の十人で話し合って細かく名称や部署名を整理した。
ナツの海外用の名刺なんかCEOと印字してあり、仲間内の飲みの席ではギャグ扱いだ。
「キャリア採用の最終面接まで残った方々のエントリーシート、一次、二次面接のデータをPCに送っておきました。最終面接は13時です。お願いしますよ、副社長」
「あー、ありがと。浅見さん」
俺はデスクに乗っているノートパソコンにチラリと視線を投げる。
結局、俺は権限があったにも関わらず、月城のことを最終まで残すよう部下に要請できずにきた。あれだけ入って欲しいとあの時切望したのに、俺を覚えていないという事実があまりに深く心をえぐったらしい。
俺は一次面接からのエントリーシートのデータを、今日まで覗くことができなかった。仕事は山積みで、最終面接まで取締役以上は関わらないのが常だ。だから当たり前の業務を粛々とこなしていると言えばそれまでだけれど……正直、とてもとてもとっても気になってはいた。
「痛いっ!」
「浅見さん、何度そこにぶつかれば気が済むんだよ。いいかげん慣れろよ。自分で入ってくる時閉めたんでしょ?」
ガラス張りの十五平米足らずの副社長室から浅見さんが出ていこうとして、閉まったままのドアに頭から突っ込んだのだ。ドアもガラスで透明だ。
「だって……。まだオフィスが変わって一ヶ月。誰ですか、こんな変な内装にしたのは!」
「俺提案だけど。だってかっこいいでしょ?」
手狭になってオフィスビルを借り直した。その際、リノベーションで、休憩室とパウダールーム、あとは医務室以外の仕切りは全部ガラスにした。
給湯設備のついた休憩室とパウダールームはそこだけ悪目立ちしないよう、デザイン性重視だ。下の方をうまく鏡にして銀の球体が浮いているように見せる工夫がしてある。実際は円筒だ。男女で勾玉の形を組み合わせて円にしている。
ワンフロア借り上げができるビルにもこだわり、相当な広さのオフィスにはガラスの仕切りや、大量の巨大グリーンを置いている。二酸化炭素の量も減って森林浴のレベルだ。
席を決めないフリーアドレス制で、ちょっとした荷物はカフェのように下の籠に置ける。
そのかわりロッカーは個人のものがあって、静脈認証だ。
そして等間隔に、今、俺がいるガラスの役員室と同じものが十室配置されている。創業からの十人分の役員室だ。ここにはデスクと、四人が掛けられるプチ応接セットがある。
ガラス張りは、某海外巨大企業の本社に触発されて俺が役員会でゴリ押しした。
「これからの時代はオフィスの見た目も大事だって! 若くて優秀な社員はそういうのが好きだって!」
と。
「そういうのが一番好きなのはお前だろ?」
と、呆れられながらも業績が絶好調なおかげもあり、透明オフィス案は通った。
この〝近代化と癒し〟をテーマにしたオフィスをSNSのショート動画にあげて宣伝したら、大バズりし、先月の急遽大幅採用枠の競争倍率がえげつないことになってしまった。おかげで優秀な人材が多く入社してくれたうえ、知名度も上がったようだ。
「透明ガラスにするなら、わざわざ仕切りなんて設けなくても良かったんですよ。激突する人が後をたたない」
俺が触発されたアメリカ企業のオフィスもぶつかる人が多く、社員はここにガラスがありますよ、と付箋を貼り出したらしい。でも外観重視のCEOに付箋禁止令が出されたとかだされないとか。確かにせっかくクールに徹しているのに付箋はダサい。
俺は引き出しから冷えピタを出してきて、おでこをさすっている浅見さんに手渡しながら言い訳した。
「そうだなー。薄く色でもつければ良かったのか」
浅見さんは俺から冷えピタを受け取る。
「ありがとうございます。でもまあ、超クールとか面白いとか言って、若手のテンションは爆上がってますけどね」
「そっか。それは良かった」
「まあ、年齢的にうちは幹部が若手ですから」
俺は浅見さんが部屋から出ていくと扉を閉めた。開けておいても、開いた扉にぶつかる社員が多い。まあそのうちみんな慣れるだろう。
デスク前の椅子に腰掛け直した俺は、PCのキャリア採用データを開く。
「やっぱ、あったか」
月城
十四年前に教室という同じ空間を共有し、そして二週間前にスタバで俺にとってだけの再会を果たした女性、まごうことなき月城一颯その人が、最終面接まで残ったエントリーシート上に鎮座していた。
俺の中で、小学校の教室が、校庭が、体育館が、雨上がりの梔子のような甘く湿った芳香を放っているのは、確かにそこにその少女がいたからだ。
PC上の一枚のエントリーシートを前に、机に肘をついて額を覆い、深いため息をついた。
どうして俺は月城を最終まで残すよう最初から進言しなかったんだろうか。電報堂で、総合デジタル本部のSNS広告事業課のチーフというキャリアは充分だし、それ以上に性格も人間性も知っている。
でも何かが引っ掛かっているのも事実なのだ。
最終の役員面接を執り行う部屋は、このビルの最上階、四十二階の貸スペースだ。今はうちの社が借り上げている。
さすがにガラス張りの空間で面接するわけにはいかない ガラス張りじゃまずい話もあり、そこは応接室と多目的ルームに使っている。今回の最終面接は多目的ルームでやる。
エレベーターを降りて廊下を歩いていると、背後からきた我が社の社長もとい、長年の友人のナツが素っ頓狂な声をあげて俺の肩を掴んだ。
「どうした健司!」
どうやら隣のエレベーターに乗っていて、俺の少し後にここの階に着いたらしい。誰もいないと社長と副社長といえど、このくだけよう。
「なにが?」
「なんか今日あるのか? なんでそんな超高級なスーツ着てんだ? 女か?」
ああ……、どうしてこうもナツは服やアクセサリー類にはめざといんだ。スーツなんてどれも似たようなものだろうに、育ちのいいおぼっちゃまには、上質なものとそうでないものは一目瞭然らしい。
「どうして会社で女って発想になるんだよ。気合いだよ! 浅見さんに、髪も切ってこい、できる上司をアピールしろ、って釘刺されたんだよ」
「じゃ、この面接のためか? 女じゃなくて!」
「もうー。お前は俺をなんだと思ってんだよ! 今を時めくCanalsの取締役副社長だぞ。俺の部署の最終採用面接なの!」
「やっぱり女だな」
そうじゃないと言っているのに、勝手に納得し、ナツは俺を追い抜いて多目的ルームのドアノブを押し開いた。
やっぱり女か……。
月城が最終まで残り、今日ここでまた会うと確信していなかったら、このスーツがお目見えすることはなかっただろう。
最終面接に残ったのは六人。男性が四人に女性が二人。そのうちのひとりが、今日は黒いスーツに身を包んだ月城だった。
今回の採用は三人だが、一次面接、二次面接、スキルチェックのデータを見た限り、月城が落ちることはないだろう。コード作成の技術は六人のうちでも一、二を争う。
創業時のメンバーは給料などに今でも優劣をつけていない。肩書きは社長のナツ、副社長の俺、以下、専務取締役が八人だ。今日は俺とナツの他に、うちの部署の情報セクターをまとめている専務の枝川が重役面接に臨んでいる。
六人一緒に面接を行う。最終面接は雑談に近かった。今までしてきた、ためになったり、逆に考えさせられた経験などを話してもらう。
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