第156話

「きみは、世界中の他の人たちも自分のように善意であふれていて当然と思うんだ。実際はそんな人間ばっかりじゃない」

「そんなこと、わたしだって。……わかってる」

 後半はだだをこねた果てにいじけた少女のように、とぎれとぎれに呟く。

「ただエスポールは、そんな人じゃないと、思うだけで」 

 途方にくれたように、たかだか文通相手に心を砕く彼女に、いらいらと心が荒立つ。

「どうしたの、ロジェ。あなたらしくない」

 ふわりとそばに酔ったのは、ほのかなすみれの香り。



 ロジェは額を覆った。

 優しいとか、そんなふうに言わないでほしい。

 そんなふうにまっすぐな目で。真っ白な心で言われるとよけいに、この身体の血なまぐささが際立つから。



「ちょっと、頭冷やしてくる」

 立ち上がり、彼は部屋をあとにすることを選んだ。

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