第2話『つくもの祈り』
「と、いう訳」
「へえ、マリアたちって4つ子だったんだ」
「マリア、わがまま」
「そうだね」
「マリア、わがままじゃない! あっははは! 」
「マリア、わがまま、だった。ひひひ、ひひひ! 」
雨の日の汽車。リク、レア、ゾーイ、ミハイル、そして木の双子マリアとマルコは、食堂車に集まってティータイムを取っていた。強い雨のため、壁の無い運転席でマリアとマルコを働かせる訳にはいかず、汽車の従業員たちの間で その日一日、交代で石炭当番をやろうということになったのだ。
「マリアとマルコは ここにいるけどさ、残った ふたりは どうしてるのかな? 人形師とまだ一緒に働いてるのかな? 」
リクが言うと、レアは「さあ、どうかしらねえ」と紅茶を啜った。
「どうしてる、思う? 」
ミハイルが木の双子に尋ねる。すると木の双子は、「わかんない! あっははは! 」「ボクたち、知らない。ひひひ、ひひひ! 」と首を横に振った。木と木が擦れて キュルキュル 音が鳴る。
「どうしてるか知りたくならない? 」
続いてリクが尋ねる。
「知りたい! あっははは! 」
「でも知れない。ひひひ、ひひひ! 」
ふたつは言って、悲し気に体を前方に倒した。
「カラダを分け合ったキョウダイたちだもの。心配になるわよね」
レアが同情の顔を見せた。
「マリアは」
と、リク。
「自由を求めてたけど、この汽車に来て幸せ? 」
汽車では石炭ばっか掻いてて自由とは程遠いと思うけど。
「幸せ? あっははは! 」
マリアとマルコは顔を見合わせた。
「マリア、幸せ? ひひひ、ひひひ」
アタシ──マリアは言い掛けて、カラダを傾げた。
「アタシ幸せ? あっははは! 」
「なんで疑問形なのよ」
マリアの答えとも言えない回答に、レアは笑い声を漏らした。
「マリア、分からない。ひひひ、ひひひ! 」
「やっぱり、ずっと石炭を相手にしてるのは不満? 」
リクが聞いた。
「不満じゃない! あっははは! 」
「え? 」
「石炭、楽しい。ひひひ、ひひひ! 」
「なら、幸せなんじゃない? 違う? 」
今度はリクが首を傾げる番だった。すると、マリアの代わりにぼんやり妖精、ミハイルが口を開いた。
「楽しいと、幸せ、たぶん違う」
「楽しいと幸せは違う? 」
うーん、難しいなあ。リクは眉を寄せた。一方で、レアはミハイルの言うことに賛同したようだ。「そう言われれば そうね。ミカも深いこと言うじゃない」と、珍しくミハイルを褒めている。
「じゃあさ」と、リク。「マリアに とって、幸せって何? 」
「リク。それ すごく難しい質問よ」
レアに言われ、リクは「そうかも」ごめんね、と木の人形に謝った。しかし木の人形はリクの質問を真剣に考えているようだ。「シアワセ──」と、視線──といっても、ペンキで塗られた目なのだが──を宙に漂わせた。
黙り込んだマリアに、「マリア、大丈夫? 」ゾーイが声を掛けた。
「難しいこと考えすぎてフリーズしちゃったかしら」
レアがマリアの前で手を振った。「マリア、無事? 」
すると、「幸せ! あっははは! 」マリアが急に大きな声を出した。
「わ! どうしたの、マリア! 」
リクたちは驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになった。
「マリア、幸せ考えついた。ひひひ、ひひひ! 」
「幸せ思いついたの? 」
なになに? リク、レア、ゾーイは前のめりになった。
久し振りに みんなから注目されて、マリアは得意気だ。「アタシの幸せ」マリアは胸を張って喋り始めた。
「あったかい ご飯 食べる! あっははは! 」
「お腹いっぱい! ひひひ、ひひひ! 」
「へ? 」
3人は顔を見合わせた。
それもそのはず。口がペンキで塗られただけの、それより、木でできたマリアが ご飯を食べているのを見たことがないからだ。口が開いてないし、食堂も胃もないマリアに、ご飯が食べられるはずがない。マリアは それを幸せだと言っているのだ。
「マリア、それ、願望」
ミハイルが ぼんやり突っ込んだ。
「なんだ、願望かあ」
本当に ご飯 食べたことあるのかと思ってビックリしちゃったよ、と、リクは肩を落とした。
「願望? あっははは! 」
「マリア、ご飯 食べたことない! ひひひ、ひひひ! 」
「マリーは ご飯を食べてみたいの? 」
ゾーイが聞いた。すると、木の人形は「うん! あっははは! 」と
「けれど──」
レアは そこで言葉を止め、リクたちを盗み見た。リクもゾーイもレアの言葉の続きを理解している。口がペンキで塗られただけの木の人形に、飲み食いなんてできるはずがないのだ。いや、例え可動式の口があったとしても、腹の中までもが木でできているマリアにはかなわぬ夢だろう。
「マリー、残念だけど、その夢は──」
ゾーイが言おうとした、その時。
「マリア」
ミハイルが口を開いた。木の人形を まっすぐに見つめている。
「なあに? あっははは! 」
「ミハイル、何か言いたい。ひひひ、ひひひ! 」
双子もミハイルを見上げる。
ミハイルは再び ゆっくり口を開けると、こう言った。
「マリア、その夢、叶う」
「え? 」
レアが声を漏らした。
「どうやって? 」
「物、百年いきると、神様、なる」
「神様? 」
ゾーイとレアが首を傾げる一方で、「そっか! 」リクはピンと来たようだ。
「なに? リク」
レアがリクに向く。
リクはミハイルに頷くと、「あのね」話し始めた。
「日本には、付喪神っていうのがあってね。百年間たいせつにされた物には、魂が宿るんだよ」
「魂って、マリーもマークも生きてるわ」
レアの言葉に、リクは「たしかにそうだけど」と言って、「付喪神は、本当の生き物みたいになれるんだよ」と付け加えた。
「本当の生き物? 」
ゾーイが前のめりになる。「それって」
「そう! マリアとマルコも、百年間たいせつに扱われれば、ご飯を食べられるようになれるってこと! 」
リクの言葉に最初に反応したのは、レアでもゾーイでもない。
「わーい! あっははは! 」
「ボクたち、食べれる? ひひひ、ひひひ! 」
最初に反応したのは、誰でもない、当人、マリアとマルコだった。
「百年! マリーとマークは耐えられるかしら? 」
「複雑な造りじゃないし、雑に扱ってる訳でもないから大丈夫だと思う」
リクの保証もついて、人形たちは大喜びだ。
「アタシたち、みんなと夕飯食べる! あっははは! 」
「ボクたち、レアの ご飯、食べる! ひひひ、ひひひ! 」
「えーっと。それは無理かな」
ゾーイが苦笑いで言った。レアもリクも困ってしまった。
「どうして? あっははは! 」
「ボクたち、ご飯、嫌? ひひひ、ひひひ! 」
人形たちは分からず、カラダを傾けている。人形たちの質問に答えたのは、リクだった。
「あのね、マリア、マルコ。私たち人間は、そんなに長く生きてられないの。だから、ふたりが ご飯を食べられるようになる頃には、たぶん私たちは いないかな」
「えー! あっははは! 」
「人間、短命。ひひひ、ひひひ! 」
人形たちは表情さえ変わらないものの、残念そうな声を出した。
「みんなと食べられない。アタシたち寂しい! あっははは! 」
「ボクたち、みんなと食べたい! ひひひ、ひひひ! 」
「ありがとう、ふたりとも」
人形たちの優しい願望に、リクたちは温かい気持ちになった。リクたちと同じように、木の人形たちもリクたちのことを想っていてくれていたのだ。
「ボク、生きてる」
そんな中、そう宣言したのは、ミハイルだった。
「そっか! 」
リクが手を打ち鳴らす。
「妖精には寿命がないんだった! ミカなら、マリアたちと ご飯が食べられる! 」
「本当? あっははは! 」
「ミハイル、永遠! ひひひ、ひひひ! 」
ふたつから視線を注がれたミハイルは、いつもの ぼんやりした顔ながらも、しっかりと頷いて見せた。
「ボク、マリアとマルコと、ご飯、食べる」
「やった! あっははは! 」
「約束! ひひひ、ひひひ! 」
木の人形たちはミハイルの周りで飛び跳ねて、カラダいっぱい嬉しさを表した。
「ミカと ご飯だなんて、シェフが気の毒ね。底なしに食べるんですもの」
レアがリクに囁き、リクは「そうだね」と微笑んだ。
【『【世界異次元旅行記】ミスターロコモーティヴと亡国のピアニスト』番外編『操り人形とつくもの祈り』完】
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