【番外編】操り人形とつくもの祈り

第1話『神と人形』

 昔々イタリアのとある貧しい町に、焚き木のために切り落とされた丸太が転がっていた。丸太は焚き木のために切り落とされたのだが、誰もがその丸太の存在を忘れていた。

 ある日、そんな丸太のところへ暇を持て余したピクシーのキョウダイたちがやって来た。

「毎日毎日同じことの繰り返しで飽きちゃったわ! 」

「そうね。面白いことないかしら」

「また あの時代に行ってみるのはどう? 面白かったわよね」

「また? 1003回も行ってるのよ! もううんざりよ」

「何か新しいことがしたいわ」

 今更新しいことって何よ、すべて やり尽くしたわよ。ピクシーのキョウダイたちは切り落とされた丸太の上に降り立った。みな針葉樹のような体で、4匹の見分けはつかない。

「でもルーシの言う通りね。アタシたち、新しいこと探さなくちゃ」

 ピクシーの1匹が言う。と、1匹のピクシーが何か思いついたようだ。おおきな羽を震わせた。

「ねね、アタシ、いいこと思いついちゃったわ! 見てよ、この丸太! 」

 他3匹が丸太を見下ろす。

「ええ、丸太ね」

「これがどうしたの? 」

 聞かれて、1匹は浮かび上がった。

「これに命を宿して見るの。どうかしら? 」

「命を? アタシたちが? 」

「そんなの無理よ」

 確かに、妖精たちの中では物に命を宿すことのできる個体がいる。妖精たちは神秘的な存在だが、全能ではない。できることとできないことがあるのだ。特に、小妖精であるピクシーは妖精たちの中でも力が弱く、命を吹き込むどころか、命を奪うまでにも時間が掛かるのだ。

「あの お馬鹿なドワーフができるんだもの! アタシたちだって、やろうと思えばできるわよ」

「確かにドワーフは お馬鹿だわ。でもアタシたちはピクシーよ。命を吹き込むなんてできないわ」

「でも」

 と、4匹の中でいちばん大人しいピクシーが口を開いた。

「やってみたいわ。もしかしたらアタシたちにもできるかも」

「マーレが そう言うなら──」

 ピクシーたちの話は まとまったようだ。

「ドワーフたちは どうやって命を吹き込んでいたかしら? 」

「まずは おおきなものを ちいさくするのよ。ちゃんと命あるカタチにするの。それから魔法のシロップを掛けて、おまじないよ」

「じゃあ丸太を ちいさくしなくちゃね! 」

 言って、ピクシーのキョウダイは顔を見合わせた。“どうやって? ”

「どうやって こんなに おおきな丸太を ちいさくするのよ」

「ドワーフは どうやって岩を削るのかしら? 」

「道具を使ってたわよ」

「じゃあアタシたちも道具を使えば! 」

「アタシたちが使える道具なんてどこにあるのよ」

 “ないわね”──ピクシーたちはジブンたちの体を見下ろした。約2センチの体に合う道具などあるだろうか? あったとしても、この太い丸太を切り終えるのに永遠と時間が掛かってしまうだろう。

「じゃあ、どうすれば」

 というピクシーに、「人間を使うのよ」別のピクシーが答えた。

「人間を? 」

 確かに、その手があったわね、と1匹が言った。

「でも誰を? 」

「確か、きのうから この町に人形師が来ていたわよね? 」

「ええ、こんな寂しい町に人形師なんて珍しいと思ったのよ」

「その人形師、新しい人形が欲しいんじゃないかしら! 」

「あら! 」

 作戦を理解したようで、ピクシーたちは手を打ち鳴らした。

「人形師に人形を作ってもらうってことね! 」

「そう! そうすれば、丸太は ちいさくなるし、命あるカタチにもしてくれるわ」

「さすがカーラ、頭が良いわ! 」

「そうと決まったら、早速 人形師を連れて来ましょう」

 ピクシーたちは飛び立った。

 人形師のテントは丸太の森のすぐそばに建っていた。ピクシーたちがテントの隙間から覗いて見ると、人形師は昼寝をしている真っ最中だった。テントの中には操り人形が詰められたケースがある。

「ちょっと、起きなさい」

 みんなのリーダー、シースが人形師の耳の穴をくすぐると、「何だあ? 」人形師が目を覚ました。

「丸太のところまで連れて行くわよ」

「でも どうやって? 」

 ピクシーたち妖精は、多くの場合、人間からは見えないのだ。しかし賢いカーラは解決策を知っていた。

「こうやってよ! 」

 カーラは、人形師の伸びたひげを つんつん と引っ張りだした。

「いい考えね! 」

 他のピクシーたちも人形師の髭を引っ張る。

「痛い! 痛い! 一体なにが起きてるんだ? 」

 ピクシーたちの企み通り、人形師は立ち上がった。

「さあ、こっちよ! 」

「おお! 私の髭が浮いている! これは悪夢の前触れか? それとも幸運への道か? 」

 人形師はテントから出て、森の方へ歩き出した。

「おお、神よ。私を どこへ連れて行こうというのです! 」

「いいわ! うまくいってるわよ」

「こっちよ、こっち。あと少しよ」

 ピクシーのキョウダイたちは懸命に髭を引っ張り続け、ようやっと丸太まで人形師を導いた。

 人形師は解放されると、早速、足元に転がる丸太を見つけた。

「丸太? 」

 人形師は天を見上げた。

「この丸太を、私に どうしろと? 」

「その丸太で人形を作りなさいったら! 」

 ルーシがイライラしながら言った。そんなルーシの声が聞こえたのだろうか、人形師は再び丸太を見下ろすと、「まさか」と呟いた。

「これで人形を作れ、そういうことですか? 」

「そういうことよ! 」

「少し お待ちください! 」

 天に向かって言うと、人形師はテントに走り戻った。そして しばらくもしないうちに戻って来たと思ったら、手にノコギリを持っていた。

 シースたちの目論見通り、人形師は丸太を ちいさく切り分けると、テントに持ち帰った。

 それから人形師は、何かにりつかれたように人形を作り始めた。あまり手先の器用な方ではないのだろう、人形師の作る人形は、頭は真ん丸だし、目や鼻や口はペンキで描かれているだけだし、体も大雑把なものだったが、みるみる間に4体もの人形を作りだした。女の子の人形が ふたつ、男の子の人形が ふたつだった。

 夜通し作業していた人形師だったが、人形が完成すると気絶するように眠ってしまった。ピクシーたちは人形師を起こさないよう、静かに地面に降り立った。

「さて、ここからはアタシたちの出番ね」

「そうね! 」

 人形師が人形を作成している間、実はピクシーたちも ちょっとした おつかいに出ていたのだ。まずは洞穴で眠るドワーフに魔法のシロップのレシピを聞きに行き、材料を調達してきていた。

「豆の葉」

「サラマンダーの尻尾」

「魔女の爪」

「巨人の奥歯」

「それを、トロールの唾液の中で沸騰ふっとうさせて」

「魔法のシロップの完成! 」

 ピクシーたちはシロップの入った ちいさな壺を えいさおいさとテントに持って来ると、人形の側に置いた。

「これを、人形の口に塗り付ける」

 ピクシーたちは それぞれの人形の口にシロップを塗り付けた。そして。

《聖なる魂よ、どうぞ、この人形に宿り給え。聖なる命よ、聖なる肉体よ、目覚め給え》

 ──……

「ど、どうかしら? 」

 人形は口をシロップで光らせたまま、ピクリとも動かない。

「やっぱりダメなのかしら」

 マーレが か弱い声で言った、その時だった。

「ここは どこ? あっははは! 」

「ボクたち、バラバラ。ひひひ、ひひひ! 」

「カラダ、重い。ふふふ、ふふふ」

「眠いよう、へへへっ! 」

 4つの人形が、それぞれ喋り出した!

「やった! 成功よ! 」

 ルーシが宙で1回転した。

 力の弱いピクシーたちの呪文が効いたのだ! ピクシーたちは大喜びで抱き合った。

「成功? あっははは! 」

「ボクたち動ける。ひひひ、ひひひ! 」

「そうよ! アナタたちは動ける! さあ、立ってみて」

 シースが言うと、人形たちは その通りにした。最初に上体を起こして座ってみて、それから2本の足で立ってみた。だが、不器用な人形師が作った足は細すぎて、上手く立つことができなかった。

「立てない! ふふふ、ふふふ」

「難しいよう。へへへっ! 」

 結局、人形たちは30分かけて やっと立ち上がることができた。

「やった! あっははは! 」

「立てた、立てた! ひひひ、ひひひ! 」

「アタシたち上手。ふふふ、ふふふ」

「立つの大変。へへへっ! 」

 ふらふら と立ち上がった人形たちに、ピクシーたちは今度は歩くよう促した。

「歩く? あっははは! 」

「足を交互に動かして、前に進むのよ」

「そんなのできない。ひひひ、ひひひ! 」

「アナタたちにならできるわ」

「足を交互に。ふふふ、ふふふ」

「そうそう! 」

「あれ! 倒れちゃった! へへへっ! 」

「あらら」

 もう一回! シースが言った、その時だった。

「んん? なんだ? 」

 人形師が目を覚ましてしまったのだ! 

 動き出した人形師おとうさんを見て、人形たちは「わーい」と歓声を上げた。

「おはよう! あっははは! 」

「ボクたちのパパ! ひひひ、ひひひ! 」

「アタシたちを見て! ふふふ、ふふふ」

「動けるようになった! へへへっ! 」

「えっ」

 自力で立ち上がっている人形も そうだが、なんと喋ってまでいる人形を見て、人形師は目を見開いて固まってしまった。

「パパ! あっははは! 」

「大丈夫? ひひひ、ひひひ! 」

「な、な──……」

「パパ大丈夫? ふふふ、ふふふ」

「驚かないで! へへへっ! 」

 これが、神の思し召しか! 売れない人形師の私に、神は生きる人形を贈ってくださった!

 人形師は動く人形たちを抱き締め、それぞれに名前を付けた。

「マリア! あっははは! 」

「マルコ! マリアとお揃い? ひひひ、ひひひ! 」

「アニタ! ふふふ、ふふふ」

「アルド! へへへっ! 」

 4つの人形は生まれてから2日で人形師の舞台に立つことになった。糸に繋がれるでもなく動き、喋る人形は珍しく、人形師は奇跡の腹話術師として大変有名になった。

「凄い! 本当に生きてるみたい! 」

「本当に生きてるんだよ」

「おじさん、女の子の声も出せるの? 」

「違うよ、この子は本当に喋っているんだ! 」

 子供たちに褒められる度に、人形師は本当のことを言ったが、「うっそだー! 」人々は人形師の言うことを信じようとはしなかった。それはそうだ。生きてる人形なんて見たことがない。

「私マリアが好き! 元気で可愛いもの」

「僕はマルコ! 面白い」

「私はアニタが好き。お淑やかで綺麗なの」

「僕はアルドが好きだなあ! みんなのリーダー」

 人形たちの性格は人々を魅了した。それぞれ個性のある人形たちは同じ踊りを躍らせても バラバラ で、揃うことはなかったが、それがまた面白がられた。人形師の舞台の周りは賑やかになったし、宿泊する場所もテントではなく宿に泊まれるようになった。人形師は毎日、人形たちをくださった神様に感謝して眠りについた。

 人形師は どんなに有名になっても偉ぶることはなかった。常に見に来てくれる客たちに感謝の気持ちは忘れなかったし、人形たちにも大変丁寧に接した。「キミたちの お陰で私は食べていけているんだ、ありがとうね」人形師は人形たちを毎日磨き上げてくれた。

 しかし、人形師から丁重に扱われ、子供たちから ちやほやされて暮らす人形たちは、人形師の思う通りには成長しなかった。いつしか一部の人形たちはジブンたちが偉いのだと思うようになり、人形師に対して高圧的な態度を取るようになっていった。

 その代表格が、マリアだった。

「もっと丁寧に扱って! あっははは! 」

 そんなマリアに対し、特に否定的だったのはマルコで、ふたりは喧嘩ばかりしていた。

「パパに失礼! ひひひ、ひひひ! 」

「マルコ、うるさい! あっははは! 」

「マリア、謝る! ひひひ、ひひひ! 」

「マルコ、いいんだよ。マリア、ごめんね、綺麗にしてあげよう」

 わがままなマリアを人形師は甘やかし続けた。人形師が甘やかす度にマリアとマルコの心は離れてゆき、言い合いを増加させた。

 人形たちが有名になって不満を抱いた存在がいた。

 それは、下手な人形に命を与えたピクシーたちだ。「あの人形を作ったのはアタシたちなのに! いいところだけ奪い去ってゆくなんて許せないわ! 」ピクシーのキョウダイたちは羽を震わせた。

 命を与えるシロップの材料を必死で集めたのはジブンたちであり、人形師だけが儲かって良い生活をしているのが許せなかったのだ。それに、人形師は神に感謝を言うだけでジブンたちに お礼を全くしない! 人形を動かしたのは、神ではなくピクシーたちなのだ! 

「気に食わないわ! ねえ、ルーシ」

「本当よ! 人形に命を与えたのはアタシたちなのよ! 」

「アタシたちは何も貰ってない! 」

「あまりにも酷いわ」

 気に入らない。この生活を ぶち壊してやろう。

 ピクシーたちが目を付けたのは、マリアだった。

 いつもの人形劇が終わって、夜。人形師は人形のメンテナンスを終えると、夕飯にありついた。もちろん、口がペンキで描かれただけの人形たちは食べることはできないため、別室で休んでいた。

 そこに現れたのが、ピクシーたちだ。

「あれ! あっははは! 」

「妖精さん。ひひひ、ひひひ! 」

「お久しぶり。ふふふ、ふふふ」

「どうしたの? へへへっ! 」

「どうしたのじゃないわよ」

 シースがキンキン声で言った。

「アンタたち人気者じゃない! 」

 そう、アタシたち人気者! あっははは! 人形たちは答えた。

「いい暮らししてる? 」

「してる。ひひひ、ひひひ」

「でもアンタたち、不満なんじゃない? 」

「不満? ふふふ、ふふふ」

「だって、アンタたちだけ頑張って、甘い汁を吸ってるのは全部 人形師なのよ! 」

「甘い汁? へへへっ! 」

 だって、そうでしょ! とルーシ。

「どんなに頑張ったって、アンタたちは狭い道具箱のなかで寝て、あたたかい ご飯も食べられない。いい服を着ることも無ければ、ピカピカ の靴だって履けないのよ! 」

それに比べ、人形師を見てみなさいよ。

「ふかふか のベッドで寝て、熱々のスープを飲んで、ビシッ としたスーツを着、磨き上げられた靴を履いてる! 」

 アンタたちは何も変わってないのに! そんなの可笑しいわ!

「たしかに! あっははは! 」

「ボクたち変わらなくていい。ひひひ、ひひひ! 」

「アタシたち このままでいい。ふふふ、ふふふ」

「でも ちょっと羨ましい。へへへっ! 」

 そうでしょ? 

「アタシたち、アンタたちを救いに来たのよ」

「救い? あっははは! 」

「人形師から解放してあげる! 」

「解放? ひひひ、ひひひ」

「あしたは次の街へ移動する日でしょう? 」

「そうよ。ふふふ、ふふふ」

「荷車の中から飛び降りるの」

「飛び降りる? へへへっ! 」

 ピクシーたちの計画はこうだ。

 人形師は人形劇に使う一式を荷車に積んで移動している。舞台に使う幕や箱は もちろん、人形たちも荷車に乗って移動する。妖精たちは、その荷車から飛び降りろと言うのだ。

「アンタたちを物としてしか取り扱わない、あの極悪な人形師から逃げるの。それでアンタたちで芸をやって、アンタたちのために稼ぐのよ! 」

「いいわね! あっははは! 」

「よくない! ひひひ、ひひひ! 」

「人形師が可哀想。ふふふ、ふふふ」

「ボクは行きたい! へへへっ! 」

 人形たちの意見は真っ二つに割れた。だが、妖精たちは気にしていないようだ。

「あとはアンタたちに任せるわ」

 と言って、「じゃ、また あしたね」と飛び去って行った。

 その晩、人形たちは窓辺に座って外を見ていた。

「アタシ、自由になりたい。あっははは! 」

「ボク、いつまでも人形師と一緒にいる。ひひひ、ひひひ! 」

「アタシたち、人形師の物。人形師、優しい。ふふふ、ふふふ」

「でも人形師、ボクたち物扱い。へへへっ! 」

 意見が異なる4つだったが、“ミンナで一緒にいる”ということだけは、違わなかった。人形師の元に残るのだとしても、去るのだとしても、4つ一緒に歩むのだ。

「アタシ、あったかい ご飯、食べてみたい。あっははは! 」

 マリアの呟きが、物置部屋に響き渡った。


 翌日、人形師は舞台の道具を荷車に積み込んでいた。

 物置部屋で待機させられている4つは、それぞれの場所で黙って過ごしていた。誰も、きのうの妖精たちからの提案を話題にするモノはなかった。

「さて、最後はキミたちの番だよ。ほら、車に乗って」

 人形師は いつもの優しい笑顔を4つに向けて言った。人形たちは顔を見合わせると、静かに荷車に乗った。いつもなら、誰が先に車に乗り込むか競っているというのに。

「きょうはミンナおとなしいね。さては、きのう眠れなかったのかな? 」

 休まなくても、眠れなくても疲れない人形たちにジョークを飛ばすと、人形師は上機嫌に馬に乗った。

 荷車が動き出し、しばらくすると、天井に4つの白い光が現われた。シースたちピクシーのキョウダイだ。

「さあ! 決行の時よ! 」

 カーラが声を上げた。

「人形たち、いまアンタたちは自由になるのよ! 」

 ルーシが続く。

「さあ、舞台の幕を開けて、車から飛び降りるの! 」

 遂に この時がやってきた。人形たちは外へ続く幕へと視線を移した。

「ボクたち、行かない」

 マルコが首を振ろうとした、その時。

「自由! あっははは! 」

 大声を上げながら、マリアが幕の方へ走り出した。

「マリア! ひひひ、ひひひ! 」

「マリア、待って。ふふふ、ふふふ」

「マリア、ボクも! へへへっ! 」

 マリアに続き走り出そうとしたアルドをアニタが引き留め、「マルコ! お願い! ふふふ、ふふふ」マリアをマルコに託した。

「アタシたち、自由! ご飯いっぱい食べる! あっははは! 」

「マリア! 待って! ひひひ、ひひひ! 」

 マルコは手を伸ばした。

 その先を、マリアの手がかすめていった。と、「わわっ! ひひひ、ひひひ! 」マルコが体勢を崩した。幕から飛び出た ふたつは、バチン と地面に叩きつけられた。

「マリア! マルコ! ふふふ、ふふふ」

 ふたつを呼ぶアニタの声が遠退いてゆく。

「アニタ! アルド! ひひひ、ひひひ! 」

 やっとマリアを掴んだマルコは人形師の馬を追おうとしたが、もう あんなに遠くになってしまっていた。

「どうしよう。ひひひ、ひひひ! 」

 マリアとマルコは周囲を見渡した。

 泥道に、何もない高原が広がっている。

「どこ、ここ。あっははは! 」

「知らない。ひひひ、ひひひ! 」

 ふたつが途方に暮れていると、「やったじゃない! アンタたち! 」という声が、宙から降ってきた。

「アンタたち、自由を手に入れたのよ! 」

 シースが叫んだ。

「これからはアンタたちが自分たちのために稼ぐの! 」

 ルーシが一回転して言う。

「ま、街に辿り着ければの話だけれどね」

 カーラが良い、ピクシーたちは一斉に笑い始めた。

 ふたつは、悪戯妖精たちに まんまとやられたことを知り、泣き叫んだ。

「パパ―! あっははは! 」

「誰かあ! ひひひ、ひひひ! 」

「じゃあ、おふたりとも、お元気で」

 マーレが静かに言い、ピクシーたちは消えてしまった。

「うわあん! あっははは! 」

「えーん! ひひひ、ひひひ! 」

 目を擦る ふたつだったが、ペンキで塗られただけの目には、一滴の涙も溢れなかった。

 ふたつは手を繋いだまま1週間ほど彷徨さまよい、もう無理かと諦めかけた。そんな時だ。ふたつの前に“無番汽車むばんきしゃ”が停まったのは。

「なにこれ。あっははは! 」

「お家だ! ひひひ、ひひひ! 」

 明るい照明に、ふたつは疑いもせず、汽車に乗り込んだ。

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