第七章 新たなる出会い

「また、夜が来る……」

 寺全体を真っ赤な夕日が包み込んでいる。また妖怪が騒ぎ出す時間……恐怖もあるが、黒羽を封印するチャンスでもある。

 我鷲丸との練習で、少しずつ自信もついてきた。

「都の陰陽師も黒羽を退治しようと躍起になっているようだが、そうそう武尊程の力を持った陰陽師はいないからな」

「今日も黒羽は来るのかな……」

「あぁ、恐らくな。ほら、低級の妖怪共が騒ぎ出した」

 智晴は大きく息を吐きながら烏帽子を頭に乗せ、紐を顎の所でギュッと結んだ。

「我鷲丸…本音を言うと、俺、怖くて仕方ないよ…練習すればするほど、武尊には及ばないんだって自分で分かる」

 腕組みをしながら我鷲丸が見つめてくる。そんな我鷲丸の顔を見ることができずに思わず俯いた。

「でも俺は強くなりたい。我鷲丸に迷惑をかけないくらいに……律さんを守れるくらいに……」

 気を抜くと溢れそうになる恐怖心を抑え、ぐっと我鷲丸を見つめる 。

「気持ちは分かるが……まぁ無理だろうな。お前は武尊じゃない」

 最近は我鷲丸の口から武尊の名前を聞くだけで、腹立たしくなってしまう。それはただ単に「武尊には負けたくない」という競争心だけではない。これはきっと、嫉妬だ……。

 そう思えば、今度は照れくさくなってしまい再び俯いた。我鷲丸が傍にいると泣いたり笑ったり、気持ちが忙しくて仕方がない。そんな智晴をみた我鷲丸がふと微笑み、目を細めた。

 我鷲丸にしては珍しく、優しく頬を撫でてくれる。そのあまりにも繊細な触れ方に、胸が甘く締め付けられた。

「前にも言ったが、お前はお前でいい。心配するな、俺が守ってやる。それが式神の役目だ。だから、心配しなくていい」

「うん、わかった。でも俺だって我鷲丸を守るから」

「ふっ、言ってろ」

 そんなことできるかなんて分からないが、それでもやるしかない。決意を新たに、今夜も黒羽に向かっていく。

 隣にいる我鷲丸の存在が、どんどん心の中で大きくなっているのを感じていた。


「来た……」

 身なりを整えて寺の境内へ行くと、そこには我鷲丸と神楽がいた。

「黒羽が動き出したね」

「あぁ。神楽はここにいろ」

「嫌だよ。あたしも行く」

「今のお前の妖力では無理だ。大人しくここで待ってろ」

 明らかに不満そうな顔をする神楽の肩を、我鷲丸がそっと叩く。神楽だけではなく、我鷲丸だって妖力は戻りきっていないはずだ。それでも黒羽の元へと向かおうとするその姿に、神楽はなんとも言えない顔をする 。

「大丈夫だよ神楽。俺だって、たくさん練習してきたんだ」

 智晴は自分の胸を鷲掴みにして、自分の中に眠っているだろうもう一人の自分に向かい囁いた。

 自分にとって仲間であると同時に、ライバルでもある、そんな存在。

「武尊……俺に力を貸してください。大切な人を守れる強さを……」

「我鷲丸よ! 助けてくれ!」

 するとそこに、数人の陰陽師が血相を変えて蓮香寺に駆け込んでくる。

「やはり黒羽は我々が束になっても敵いそうにない…! あの伝説の陰陽師の式神であるお前なら、何とかなるのでないか?」

「それに黒羽は元々……」

「ったく、どいつもこいつも役にたたねぇなぁ」

 そんな陰陽師達の言葉を遮り、我鷲丸が苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている。

 大体、こんなに立派に見える陰陽師が数人がかりでどうにもならない黒羽を、我鷲丸一人でどうにかできるはずなんてない。智晴の体を緊張が走り抜けた。

「仕方ねぇな、行くぞ、智晴」

「うん。待っててね、神楽」

 そう頷いた瞬間体がフワリと浮かび上がり、我鷲丸に抱えられ夜の空へと飛び立った。


◇◆◇◆


 智晴と我鷲丸が降り立った場所には、またもや死臭が漂っていた。

 地面にはたくさんの家畜の亡骸……明らかに食い散らかされた跡もあった。家畜に混ざり小さな妖怪の遺体もある。そのむごたらしい光景に、智晴は目を背ける。昨日現れた鬼達がやったのだろうか……そう思うと、強い怒りとやるせない思いが込み上げてきた。

「相変わらずひでぇなぁ……」

「この家畜は、黒羽が食べたのか?」

「いや。黒羽は魂を好んで食べる。大体は同じ妖怪の魂を食うから、こうやって肉を食すことは無い。これは恐らく黒羽の手下の低級妖怪だろう」

 さすがの我鷲丸も苦々しい顔をしながら舌打ちをしている。

「こんな酷いことを……」

 智晴は足元に横たわる小さな妖怪の亡骸に視線を向けた。

 次の瞬間……。

「うわぁぁぁ!! 寄るな、黒天狗!!」

 突然聞こえた暗闇をつんざくような悲鳴に、二人は顔を上げる。

「人間が襲われてるな。行くぞ、智晴」

「うん」

 再び我鷲丸に飛びつけば、すぐに空高くへと舞い上がる。

 恐怖からか、それとも戦いを前にした昂りか、心拍数が上がる。どちらでもいい。いつも見上げれば、そこには我鷲丸がいる。綺麗で逞しい我鷲丸……もう何度も励まされてきた。今回は一緒に戦うんだ。 智晴はそっと話しかける。

「なぁ、お前は武尊の相棒だったのか?」

「相棒? ふんッ、笑わせるなよ。あいつと相棒だなんて……気持ち悪い」

「だって、武尊のことが大好きだったんだなって……わぁぁぁ! 何すんだよ!?」

 突然自分を抱えていた腕の力を弱められ、智晴は落ちそうになりながら我鷲丸にしがみつく。こんな所で落とされたらひとたまりもない。

「お前がおかしなことをゴチャゴチャ言うからだ。次に余計な事を言ったら、喰っちまうからな」

「喰えるもんなら喰ってみろよ」

「馬鹿が、そっちの喰うじゃねぇよ!」

「は? なに? 風の音で聞こえない!」

「いいからもう黙ってろ!」

 ぶっきらぼうにそう呟く我鷲丸だが、智晴は感じていた。

 命をかけてまで自分を探し出してくれたこの男は、武尊という陰陽師を相棒として……もしかしたら、それ以上の思いで慕っていたのかもしれない。だからこそ、生まれ変わりでもある自分も強くありたい、こいつの期待に応えたいから。

 そしていつか武尊を超えたい。陰陽師としても、我鷲丸の相棒としても。


 声がする方へ向かうと、辺り一面氷の世界に覆われていた。再び感じるその冷たさと昨日の鮮明な記憶に、ブルブルッと大きく身震いをした。

「いた、あそこだ……」

 我鷲丸が指さす場所には、陰陽師達と黒羽がいた。

 多くの陰陽師に囲まれているのに全く動じることのない黒羽は、死すら恐れていないように見えた。相変わらず、能面をつけたような冷たい表情。

「クソ! 天狗の分際で……陰陽師を舐めよって……」

「くらえ!」

「駄目だ! 止めるんだ!」

 黒羽に向かって一斉に突進していく陰陽師に向かって、智晴は叫ぶ。きっと今の黒羽には、陰陽師が何人束になっても勝てない。智晴は直感的にそう感じていた。

 向かってくる陰陽師を、黒羽は風圧だけで吹っ飛ばしてしまう。陰陽師達は枯葉のように軽々と舞い、一斉に地面へと叩きつけられた。

「やっぱり……今の黒羽には、陰陽師が何人集まっても敵わないんだ。……いや、そんな弱気じゃ駄目だろう!」

 頭をブンブンと振って雑念を振り払う。頬を叩いて気持ちを奮い立たせた。待ってくれている神楽を、律を、そして我鷲丸を思い浮かべる。

「行けるか? 智晴」

「あぁ!」

「でも、俺から離れるなよ」

「うん」

 大きく頷くと、智晴と我鷲丸は黒羽の前に舞い降りた。

 竜巻と共に陰陽師と黒羽の間に割って入れば、黒羽は凍てつくような視線を智晴へと向ける。

「皆さん、ここは俺達が引き受けますから逃げてください」

「き、貴殿はどこの陰陽師だ?」

「俺は、蓮香寺の陰陽師。柊智晴です」

 聞いたことのない名前だ……と、その場にいた陰陽師が不思議そうな顔をしたが、智晴と一緒に降り立った我鷲丸を見た瞬間驚いた顔をした。

「我鷲丸!? どうしてここに! まさか楪が……。まぁいい。ここは任せたぞ」

 口々に何かを言いながらその場を去って行く陰陽師を見送り、そっと溜息を吐く。

 今は自分が武尊の代わりだ。今夜こそ黒羽を封印する……!

 そう心に誓い、大きく目を見開き黒羽を睨み付けた。

 怖くて体が小刻みに震えるし、呼吸が上手くできなくて息が苦しぃ。

「でも大丈夫。俺には我鷲丸がいるから」

 智晴は敵の前に臆することなく立ちはだかる我鷲丸の手をギュッと握り締める。我鷲丸は一瞬驚いたように目を見開いたが、そんな智晴の手を強く握り返してくれたのだった。


◇◆◇◆


「黒羽……」

 震える声でそっと話しかける。夢で見たあの光景が武尊の記憶だとしたら……黒羽は武尊が生きていた頃、蓮香寺にいたことがあるはずだ。もしかしたら、黒羽は武尊の……。

「なぜお前はそんなに人間を嫌うんだ? お前、昔は武尊の……」

「黙れ」

 黒羽の声を聞くだけで、ビリビリッと全身に電気が走り抜けるような感覚に襲われる。

「武尊なんて知らない」

「ぅ、嘘だ……」

「知らないと言ってるだろうが」

 その言葉と同時に真っ黒な翼を大きく羽ばたかせ、智晴に向かって突進してきた。

「わぁぁぁッ!」

「智晴!」

 我鷲丸の声と同時に無我夢中で両腕を付き出せば、智晴の目の前に青白い五芒星が浮かび上がる。

「これは……! 武尊が使っていた五芒星……」

 その青白い光に黒羽が小さな呻き声を上げ、動きが一瞬止まる。

「俺にだってできる……俺にだって……」

 懐から護符を一枚取り出し、指先でそっと挟む。もう震えたりしない。大きく深呼吸をしながら目を閉じて……覚悟を決めて目を開いた。

「我に害をもたらす悪なる存在よ、あるべき所へ帰るがいい。急急如律令」

「くッ! おのれ……見た目は変わってもやはり武尊の生まれ変わりか……」

「黒羽よ、お前の帰る場所はどこなんだ?」

 そっと黒羽の頭にそっと触れた瞬間、智晴の手が止まる。思わず黒羽の顔を覗き込んだ。

「なんだこれは……? 黒羽の記憶……?」

 普段なら見えることのない他者の記憶に、智晴はそのまま吸い込まれていった。


◇◆◇◆


「陰陽師様! 最近家畜が食い荒らされているんですが、その亡骸の傍にいつも真っ白な羽が落ちているんです」

「貴方の式神に、真っ白な羽をした天狗がおりましたな!?」

「そいつが家畜を襲って食らっているのではないでしょうね!」

 都の百姓たちが血相を変えて蓮香寺に集まっていた。そんな百姓たちの話を、武尊は真面目に聞いてやっている。

 馬鹿が付くほど真面目な性格に、いつも我鷲丸はイライラしている。

「そうですか……。皆さんの言っていることはよくわかりました。確かに私の家には真っ白な羽をもつ天狗の式神がおりますが、その子はそんなことは致しません。この件につきましては私が預からせていただき、必ずや、あの子の無実を証明させていただきます」

 武尊は穏やかな笑みを浮かべながら、百姓たちに深々と頭を下げた。

 有名な陰陽師である武尊に頭まで下げられてしまったら、百姓たちは言い返すことなどできない。ブツブツと文句を言いながらも、蓮香寺を後にして行った。


 そこに黒羽が駆け寄ってくる。

「おい、武尊。なんで言い返さねぇんだよ。白羽しろばはやってねぇのに!」

 黒羽がそう武尊に詰め寄れば、ニコッと微笑まれ何も言えなくなってしまった。

「もちろん私も白羽がそんなことをしたなんて全く思っていない。少ししたら出掛けよう」

「出掛けるってどこにだよ!」

「決まってるだろう、白羽の無実を証明するんだ。大丈夫だよ、白羽。君は黒羽とここで待っていなさい」

 柱の陰から一部始終を見ていた青年が、ひょっこり顔を出す。夢の中でも見たその青年は、やはり女性のような可愛らしい顔立ちをしており、クリクリッとした瞳がとても印象的だ。彼が動くたびに絹のような白く長い髪がサラサラと揺れる。

「申し訳ありません。僕のせいで……」

「いいんだよ。お前は悪くないんだから」

 白羽と呼ばれた天狗の頭を武尊がそっと撫でてやれば、背中の真っ白な羽がピクンと動く。それから気持ち良さそうに目を細めた。

「黒羽、白羽のことを頼むよ」

「わかった」

 白羽を気遣うようにずっと隣にいた黒羽が、武尊に向かい静かに頭を垂れる。

「相変わらず、白羽にべったりだな」

 我鷲丸があまりの溺愛ぶりを鼻で笑うと、黒羽がキッと睨み返してくる。

「当たり前だろう。俺達は幼い頃に陰陽師に仲間を殺されて以来、ずっと二人で生きてきたんだ。どんなに寒い日も、腹が減って死にそうな時も……ずっと支え合って生きてきた。白羽は俺の家族であり、大切な親友なのだ」

「フン、親友ねぇ? お前、本当は親友だなんて思ってねぇだろうが? バレバレなんだよ」

「なんだと?」

「わかったわかった。なら何があっても死ぬ気で守ってやりな」

「当然だ」

「何で我鷲丸と黒羽が一緒にいると、いつもいがみ合いになるんだよ!」

 睨み合う二人の間に白羽が割って入る。

「ふふっ。我鷲丸は偏屈だから武尊しか友達がいない。だから拗ねてるのさ」

「神楽、うるさいぞ。黙ってろ」

「おー、怖い怖い」

 そんな式神達の遣り取りを見て、楽しそうに武尊が笑う。

「俺にとって我鷲丸は最高の相棒だよ。いや、それ以上……だよな?」

 真っ直ぐ言葉にされた我鷲丸は、不貞腐れたようにそっぽを向いたのだった。


◇◆◇◆ 


「やっぱり黒羽は武尊の式神だったんだ……」

 知恵の輪がするりと解けていくような感覚に、智晴は息を飲む。

「それにあの白い羽の天狗も……」

「勝手に人の記憶を覗きやがって……」

「わぁッ!!」

 怒りに体を震わせた黒羽が勢いよく振り払った反動で、智晴は空中に投げ飛ばされる。

「智晴!!」

 そんな智晴の体を我鷲丸が受け止めてくれた。

 次の瞬間辺りが一層凍り付き、吐き出す息さえも白い結晶に姿を変える。

「結局どんなに武尊が白羽の無実を訴えても、人間共はわかってくれなかった。武尊はそれでも辛抱強く、何度も何度も人間共の所へ出向いて行ったさ。そして白羽は……俺の大切な家族は……無実の罪を着せられて人間に、陰陽師に殺された」

「陰陽師に……殺された……?」

「そうだ。あんな白い羽は鳥の羽だってわかりきっていたのに、俺達をよく思わない陰陽師共が家畜を殺したのは白羽だと百姓に言いふらして回ったのだ。でも気のいいあいつは話せばわかってくれるなどと甘いことを言って……。結局百姓たちは陰陽師に白羽を殺すよう依頼したんだ」

 その瞬間、それまで感情のなかった黒羽の切れ長の目に涙が浮かんだように見えた。

「俺が騒ぎを聞きつけて駆け付けた時には、陰陽師に囲まれた白羽がいた。可哀そうに、白い羽は血で真っ赤に染まって、グッタリと横たわっていたんだ。あんな非力な人間共、白羽が本気を出せば一瞬でひねり潰せただろうに……それなのに、あいつが抵抗した痕跡なんて全く残っていなかった。無抵抗な白羽を人間共は寄ってたかって……」

「そんなことが……」

「だから俺は人間を……陰陽師を、結局白羽を守れなかった武尊だって許すことができない」

「黒羽……待ってくれ! 話を聞いてほしいんだ!」

「だから……お前達も死ぬがいい」

 黒羽が氷のように冷たい笑みをそっと浮かべた。

「いくら黒羽を説得しても無駄だ。あいつは白羽を失った怒りと悲しみで我を忘れて、怨霊に成り果ててる」

「じゃあ、やっぱり黒羽と我鷲丸は仲間だったの?」

「あぁ、そうだ。今じゃこんなになっちまってるけどな」

「…なぁ我鷲丸。黒羽を倒すのでも、封印するのでもなくて……どうにかならないのかな? 武尊の式神だった黒羽を救う方法はないのかな…?」

「無理だろうな。今のあいつは、完全に我を見失っている。話し合ってわかる相手じゃないなんて、お前でもわかるだろう? だから、わかり合えるはずだというありもしないことを望むのは、諦めろ」

「そんな……」

 かつて仲間だった相手を再び封印することでしか、解決できないだなんて……。

「そんなの納得できないよ。だって黒羽は武尊の仲間だったんだろう?」

 智晴は唇をギュッと噛み締める。

「来るぞ」

「えッ!」

 次の瞬間、勢いよく向かってくる黒羽の姿が視界に飛び込んできた。

 護符を出すのが間に合わない ……そう思い逃げようとするも、体はそんなに瞬時に動いてなどくれない。智晴は黒羽に首を押さえつけられ地面に叩きつけられた。

「グハッ!」

 その衝撃の強さに呼吸が止まり、目の奥がチカチカする。何とか黒羽の腕から逃れようと体を捩っても、その力は凄まじくビクともしなかった。

「そいつから離れるんだ!」

「黙れ、狐ごときが!」

 我鷲丸が黒羽に掴みかかり強引に引き離そうとするが、黒羽が爪を立ててそれに抵抗する。二匹の猛々しい獣がぶつかり合う衝撃は、地を揺らさんばかりだった。

「智晴を離せぇ!!」

 叫び声と共に、我鷲丸の会心の一撃が黒羽に当たる。能面のような黒羽が顔を歪め、智晴の首からようやく手を離した。それと同時に、我鷲丸の体も遠くへと投げ出される。 

「クッ……」

「我鷲丸!」

 腹の傷を押さえながらフラフラと立ち上がる我鷲丸を見て、サッと血の気が引いた。

――俺が捕まったからこんなことに……。

 俯いたまま砂をギュッと握り締める。


「何が陰陽師の生まれ変わりだよ……相棒すら守れないじゃないか……」

 悔しくて悔しくて、智晴の頬を涙が伝う。自分の弱さに心底嫌気がさした。

「おい、黒羽! お前の相手は俺だ! お前が恨んでるのは武尊だろう!」

 今や空中でぶつかりあっている獣たちを見上げて、大声で呪いを唱えた。

「我に遣えし式神よ、我の元へ戻り給え……黒羽、俺の我鷲丸を傷つけることは俺が許さない! 急急如律令」

「何だと……!? あの小僧がこんな術を……」

「去れ!! 黒羽!!」

 智晴が持っていた護符がまるで鋭い矢のように黒羽を襲い、トスッと胸に突き刺さった。それと同時に真っ赤な血が噴き出すのを、まるでスローモーションのように見つめる。昂っていた気持ちが、一気に冷静になっていくのを感じた。

「クソがッ!」

 傷口を抑えながら逃げていく黒羽を呆然と見つめる。やっと、自分もまともに戦えたんだ……。

「我鷲丸!」

 ドサッと音と共にその場に崩れ落ちた我鷲丸に、慌てて駆け寄った。

 それから闇夜に去って行った黒羽を目で追いかける。

 もう遠くへ飛んでいってしまったのだろう。その姿を見つけることはできない。辺りは静けさを取り戻し、空には星々が瞬いていた。

「黒羽、どうかお前も無事でいてくれ……」

 グッタリとした我鷲丸を抱えながら、智晴は祈るように呟いた。




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