AWAKENED 1-2

 でも、まあ、そうなんだろな。飽きたんだろな。つまりこれで完成なんだ。だって……だってこんなに『人』がいる。私以外にも、たくさん。

 いや、そんなにたくさんでもないのかも。たとえば今が始発前の明け方の時間帯だとしたら、こんな大きな道に(どれくらい大きいんだろ。トラック8台くらいは並べられそう)、昨日の夜に音楽イベントでもあったのかな、と想像してしまうくらいには、いる。日中の新宿ってほど多くはないけど寂しさを感じるほどでもない。

『人』がいる。

 そんなの当たり前過ぎてさっきまで意識から外れてた。

 多分だけど恐怖とか不安とか戸惑い、とかを感じなかったのは、ずっと周りに『人』がいたからだ。無意識に私は周りにいる『人』たちを安心材料に使ってた。

 でも。

 よくよく見ると違和感だらけの『人』たちだ。注意深く観察すればするほど、この『人』たちは街並みの奇妙を後押ししてる。

 一人ひとり違う服を着て、一人ひとり違う靴を履いてる。一人ひとり違う骨格を持っていて、男の人、女の人、太っちょ、痩せっぽち、ブロンド、レッドヘア、ツーブロック、ベリーショート、スーツ、パーカー、オーバーオール、あごひげ、深いほうれい線、目尻のカラス……みんなそれぞれバラエティに富んだポーンではある、けど、生身って気が全然しない。キャラクターというよりオブジェクト。

 おそらく私とおんなじ方角から来て、それで私が向いてる先の、ずっとずっと奥までひた歩く、それだけのオブジェクト。単純なプログラムで制御されたモブたち。

 ぴたっと一点に制止した目線。個性豊かな外見とは裏腹にきっかり『駅から徒歩五分』に揃えられた足並み。そういう機械的な行動様式にそう思わされる。

 私以外、一律にみんなが同じ動作をしてる。

 さっきは安心、けど、今や不可解な存在だ。よりも空間によく調和してる。背景の嘘っぽさに主体的に嘘を塗り重ねてる。

 でもひとまず目的ははっきりしてるっぽい。この『世界』で何かフラグを立てなきゃいけないっていうのなら、彼らの動線をなぞっていけばいい。『人』は私の後方からやってきて私の前方に進んでく。おしなべて。誰も彼も。

 それなら『私』もこのまま足を前に差し出せばいい。

 けど。

 そもそも私は、そして彼らは、どこから来て、何者で、どこへ向かうのか? 

 みんな同じ方向を目指しているけれど、その先にあるのは地平線。パースの収束点。『世界』の曲率と視力の限界をそそのかす消失点。目的地が途方もない距離にあることをこれでもかって訴えてる。

 これを歩いて進むのか?

 正気か?

 作ったやつは頭でも湧いてるのか?

「自転車くらい用意しとけよな」と私は制作者に毒づく。

 でも自転車? ってなんだっけ?

 あれ?

 ああ、そうか、自転車か。私は思わず首をふる。

 いやいや自転車だぞ自転車。なんでそんなこと忘れるの? パース。パースはわかる。風景画を描くときに打つ点。自転車。パース。なにこの違い?

 なんだか頭の中がおかしい。妙にすっきりしてる反面、よくわかんないとこにモヤがかかってる。目に見えることはわかる。見えない点がおかしい。

 事実はもういい。原因を探ってみよう。私はなぜこんな場所に立ってる? 理由は? 経緯は? なんででしょう? ほら、わからないことばっかりだ。

「久遠寺風菜」

 大丈夫。名前は思い出せる。

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