第17話

「篤くん、それはこっちの方が良くない?」



2月に入って卒業を前に教室の大掃除と卒業カウントダウンに向けての飾り付けをしている時だった。


同じ班で行動していた時、ふと春山が北条を名前で呼んでいることに気づいた。


そう言えば、彼女はクラスメイトの男女問わず下の名前で呼ぶ事が多い。


人懐っこい春山の、鈴を転がすような声で下の名前で呼ぶのを聞くと、なんだかひどく落ち着かない気持ちになった。


そんなこと、今まで気にしたこともなかったのに。


部活をしていた時は、そっちに集中していたから気にならなかったのかもしれない。


今だって受験前の落ち着かない空気の中、人を気にかけている余裕なんかない。


でも、何故だろう?


何故か耳についた。



「あ、矢崎くん。これ使う?」



高い所の飾り付けをしようとした俺のところに三脚を運んできた春山。


重いのに一人で抱えてくるとかするんだ。


他の女子なら「男が運んでよ」とか言うところだぞ。



「使うけど……重くなかった?」



「平気だよ、私力だけは無駄にあるから!」



へへっと笑う春山を可愛いと思った。


クラスメイトの女子をそんな風に思える自分に正直驚いてしまうけど。


「付き合って」と何度も好意を伝えてくれる春山だからそう感じたのかもしれない。


三脚を登って飾り付けを始めた俺の足元に来て、春山は三脚を押さえてくれた。



「なに?」



「危ないから。押さえといてあげる」



「いや、別に大丈夫だし」



「いいから。ほら、そこの左側、外れそうだよ?」



教えてくれた飾りをピンで留め直した。


小さな気遣いができるところ、他の女子みたいにか弱いアピールをしないところが好感を持てた。

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