第10話

「え、あ、え、と。矢崎くん、お疲れ様」



動揺し、慌てふためく私の隣に、人1人分間を空けて矢崎くんは座った。


人1人分。これが、今の私と彼の現実的な距離だ。


けれど心の距離は、何㎞も離れてる気がする。



「穴が開く」


ぶっきらぼうにそう言われて、しばし無言。


え、見過ぎってこと?



「……ごめん」



仕方なく謝った。告白するのもダメ、見るのもダメ、それじゃあ私の恋心は全然満たされないよ。カラッカラだよ。見るくらいいいじゃん。矢崎くんのけ ケチ!


……とは、思ってても言えない。



何も言えなくなって、黙って俯いて、せめて矢崎くんのスニーカー位……そう思って視線をスニーカーに固定していたら、砂にまみれたスニーカーが私とは逆方向に動いた。


え?行っちゃうの?


顔をあげるとラケットをケースにしまっている彼と目が合った。



「……なに?」



「帰る、の?」



「あぁ。もう疲れたから帰って寝る」



そう言って、サッサとコートから出て行ってしまう。

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