第46話 マチルドの思惑

 新たちが娑婆世界に旅立った事を確認した司に、感傷に耽って居る時間は無かった。


 司が政界に深く立ち入る事を善しとしない左大臣は、これまで以上に横やりを入れて来るに違いなかった。


 宰相、それに右大臣迄を味方にしたとは言え、司の宮廷内での力はまだまだであった。


 加えて、司を快く受け入れていた皇帝が何時心変わりするかもしれない。

 どの道、左大臣は皇帝に、

『司の宮様は帝位を覗っておいでです』

と、告げ口をするであろう。




 その左大臣は病状が回復に向かっていた娘、マチルドの部屋を訪れていた。

 既に、マチルドは生気を取り戻し左大臣の屋敷に戻って居る。


 司が、新に娑婆世界から持って来させた薬が効き目を発揮した様である。

 尤も、マチルドはその薬は皇子が自分の為に用意してくれた物と思い込んで居る。



「どうだい、マチルド、身体の具合は?」


「お父様、もう、すっかり良くなりました。今すぐにでも舞踏会に出れますわ」


「おいおい、無茶はしないでくれよ。これからが正念場なんだから」


「分って居ます。ひょっこり現れた司の宮がお父様に取って目の上の何とやらなんでしょう」


「まぁな。それで、皇子は見舞いに来て居るのか?」


「えぇ、日に二度も三度もね」


「それは何よりだ。お前の健康が回復すれば、直ぐに、皇子との婚礼の話を進めるからな」


「随分と、せっかちなんですね}


「あぁ、お前も聞いて居るだろう。司はあの右大臣を取り込んでしまった。余程の力用が有るに違いない」


「司の宮を恐れておいでで~」


「な~に、石橋を叩いてばかりでは先が覚束なくなる。禍(わざわい)の芽は早くに摘み取って置くべきだろう」


と、マチルドの侍女が皇子の訪れた事を告げに来た。



「ワシは席を外すとするか」


 左大臣がマチルドの部屋を後にすると、入れ代わる様に皇子ユングベルトが入って来た。


「どうだい。今日の具合は?」


「皇子様から頂いた薬のお陰で、ほら、この通り~」


 マチルドはベッドから抜け出し、抑揚を付け二度三度と身体を回転させた。


「マチルド、病み上がりなんだから無茶はしないでくれ。君が寝込んでいる間、僕がどれ程辛かった事か」


「それ程までに私の事を~」


 マチルドはベッドに腰かけた。

 皇子もその隣に身を置いた。


 マチルドは皇子に問いかけた。

「それで、どうですの、近頃の司の宮は?」


「うん。はりきって、色々と手がけて居るみたいだ」


「宜しいのですか、このまま好きにさせて置いて」


 明らかにマチルドは皇子に司への対抗心を起こさせようとして居る。


 皇子とてバカではない。

 司が宮廷での勢力を伸ばして行けば、いずれ、帝位の相続にも関与して来ることくらい心得ていた。


 さりとて、従妹である司と覇を競うまでの気構えは持ち合わせてはいない。

 マチルドはそんな皇子を心許なく思って居た。


 先帝と現帝との事も有る。

 うかうかして居ると、司が皇子に取って代わる事に成り兼ねない。


 政敵を倒すに、力添えして居る者を退けるのも一つの手立てである。

 マチルドは鉾先をそちらに向けた。


「ところで、あの新とやらはまだ別塔に居るのですか?」


「あぁ、多分な」


「何処の誰とも知れぬ者を、それに、奇妙な術(すべ)を持ち合わせて居る者をこのままにして置くのは如何な者かと存じますが~」


「そんなに悪い奴じゃないよ。君の為に~」


 皇子はそこで口を閉じた。

 司の気遣いを無にしたく無かったのであろう。


「えっ、私の為に?」


「いや、何でも無い。それより、今、君を抱きしめても良いかい?」


「お望みならば~」


「うん。こうして抱きしめて君を存在を確かめて置きたくてね」


 マチルドは皇子に身を委ねた。

 その顔は自信に溢れて居た。


『いずれにせよ、皇子は私の言いなりよ』


とでも、言わんばかりである。

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