第45話 旅立ちの時
いよいよタケルが娑婆世界に戻る日がやって来た。
勿論、新が彼を送り届けるのである。
ヒラリは朝からそわそわして居て、傍で見ている者はどうした者かと気にしていた。
前夜、ヒラリから胸の思いを伝えれらたタケルは満更でない様子であった。
ヒラリのタケルに対する献身的な介護が実を結びかけては居たが~。
「お姉さま、どうすれば良いのでしょうか?」
「司の宮様はヒラリの意志を尊重すると言われたのだから、後は、ヒラリの決心次第でしょ」
「それが決められないから、困って居るんです」
「そうこうして居る内に新たちは娑婆世界に戻って仕舞いますよ。恐らく、タケルとはもう会えなくなるでしょう」
自分たちの部屋を行ったり来たりしていたヒラリの足がピタッと止まった。
何やら思い付いたのであろうか。
「そうだ。そうだわ。そうよね、お姉さま」
「それだけじゃ、何とも答えれなくてよ」
「どうせ、新は又、金色世界に戻って来るのですもの、その間だけでもあっちに行って、新のお爺さまに相談してみるのよ。きっと、何か良い手立てがある筈だわ」
「私は新の爺さんに直接会って無いし、よく分らないけど、ヒラリの話からしてすけべえな爺さんとしか取れないけどね」
そうこうして居る内に柱時計が刻限を知らせた。
「私、行きます。後の事は頼みます」
と言うなり、ヒラリは部屋から駆け出して行った。
『あの子ったら、仕方無いわね。こればっかりは、誰の言葉も耳に入らないだろから』
と、キラリは妹の恋路に幸あれと願って見送った。
『コンコンコン』
ノックもそこそこにヒラリは新の部屋に飛び込んだ。
「間に合いましたね}
駆け詰めて来たせいか、ヒラリは喉を詰まらせつつ新とタケルに向ってそう言い放った。
半分諦めかけていたタケルの目に生気が蘇った。
「ヒラリ、良いのかい?もしもの事が有るかも知れないよ、僕みたいにね」
「新のお爺さまに何か手立てが無いか、直に聞いてみるつもりです」
「だってさ、新。爺さんは当てに成るのかい?」
新は腕組みをし、しばし考えに耽った。
「う~ん。諸々の知識に関しては爺さんの前に出る者は恐らく居ないだろう。かと言って・・・ヒラリは直接爺さんから話を聞きたいんだね。その顔からすると、僕からのまた聞きでは納得できないようだな」
「分って居ただけたかしら~」
「うん。手荷物は無いのかい。その~女性の身と成れば・・・」
「大丈夫です。以前、あちらに行った時に揃えて置きましたから~」
「そうだったっけ。じゃぁ、行くとするか。二人とも僕に寄り添って」
タケルはヒラリの手を取り、軽く頷いて新の傍にヒラリと共に寄り添った。
ヒラリの眼は何処か潤って居る様に見える。
新が呼吸を整え、瞼を閉じたかと思うと、忽ちに、三人の姿はその場から糸を引く様に消え去って仕舞った。
それから、わずかして、新の部屋のドアを開け、中を覗う人影が有った。
司である。
『新、行って仕舞ったのですね。必ず、戻って来てね。私の為にも~』
左大臣の影での横やりで、思いの外、経済界の面々との話が長引いて仕舞ったせいで司は新たちの旅立ちに間に合わなかった。
今更ながら、
『会議を先延ばしにすれば~』
と、司は悔いていた。
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