第47話 覇権争い
宮廷内での勢力図に変化が顕われて来た。
皇帝は別格として、司の宮の勢力と左大臣の勢力が次第に拮抗しつつあった。
心を改めた右大臣が司の宮を後押ししていた。
次第に、司の宮が拠点としていた別塔に足を向ける者が増えて来て居る。
右大臣が狸なら、左大臣は狐と言った所である。
左大臣の闇夜も恐れぬ眼は司を陥れようと血まなこに成って来ている。
手っ取り早いのは司に謀反の嫌疑を掛ける事だが、それは既に、右大臣が試みて失敗していた。
と成れば、残る手立ては二つ。
一つには、司が先帝の死に不信を抱いて居ると皇帝に告口する事。
そう聞きつけた皇帝は司の職を取り上げ、事によると宮廷から追い払うかも知れない。
なにせ、皇帝自らがその兄である先帝を亡き者して玉座に着いて居たのであるから、次は我が身と考えても可笑しくはない。
加えて、先帝の不審な死に右大臣も関与して居る。
上手く行けば、右大臣にもその害が及ぶであろう。
一石二鳥とはこの事で有ろう。
もう一つは、司かその身近の者が汚職をして居るとでっち上げる事。
経済界を牛耳って居る左大臣ならいとも容易く出来る筈である。
どうやら、左大臣は手始めに後者の方に取り掛かる様である。
司法部は司の後見人である宰相ショルドの管轄であるが、左大臣の息が掛かった者も忍ばせてあった。
上手く行けば、その宰相までも蹴落とす事が出来るかも知れない。
こちらの手も、一石二鳥と言える。
したたかさは左大臣の真骨頂である。
そうなれば、司は片翼をもぎ取られてしまう事になり、自由気ままに宮廷内で羽ばたく事が出来なくなる。
司に付き添うようにしてカヤ族のサドは宮廷に上がった。
今ではその執事役も板に着いて来て居た。
言って見れば、サドは初老の域に達して居た。
密かにカヤ族の長である奥様を慕って来ていたせいか、未だに独り身であった。
左大臣は司の側近中の側近たるサドに目を付けた。
偶然を装い一人の女性がサドに近づきつつあった。
「あっ!ごめんさい」
「いえ、お怪我は?」
別塔の一角でサドは見知らぬ女性と出くわし、寸での所で身を引いたが、その女性はバランスを失いその場に倒れてしまった。
サドが手を差し伸べると、その手を取った彼女は立ちあがろうとしたが、
「痛い!」
と口にして、また、その場にしゃがみ込んでっ仕舞った。
サドは腰を折り、
「どれ、見せてごらん」
「見知らぬお方に、そのような~」
「な~に、構わないから。捻挫でもして居たら早く処置しないと癖に成って仕舞うよ」
恥じらいを隠せない女性をよそに、サドは彼女の足首に手を添え、
「こうすれば~」
「あっ!痛みが強くなりました」
「う~ん。ここでは何だから、私の部屋に薬が有ります。どうです、肩を貸してあげれば歩けますか?」
サドに肩を預け歩き出したその女性の顔に含み笑いが見て取れる。
まんまと餌に喰い着いて来たとでも思って居るのであろうか。
「そうでも無いようですね」
「でも、なんだかズキンズキンと痛みが有るのですが」
「取り敢えず、このこう薬を塗って置きましょう」
サドがうら若き女性の足首に触れたのいつの事で有ろう。
些か、こう薬を塗る手が震えを帯びて居るのを彼女は見逃さなかった。
もう、一押しと言った所であろう。
「それで、別塔へはどんな用件で来られたのかな」
サドは殊更足下に目をやり彼女に問いかけた。
「まぁ、こちらが別塔ですの。つい最近、宮廷に上がった者ですから、それに、私、方向音痴なんです」
サドの耳にはその言い様が心地良く響いて居た。
甘い香りが何処からともなく舞い降りて来て、彼の鼻をくすぐって居る。
堅物のサドでは有るが、男心を駆り立てるには十分なシチュエーションと成って仕舞って居る。
「さぁ、これで良し。立てますか?」
「えぇ、また、肩をお借りしても宜しいですか?」
「どうぞ。ゆっくとね」
「あっ、痛い!」
徐に立ち上がろうとした彼女が痛みのせいか、その場に崩れ折れ、サドに身を預けて仕舞った。
先ほど迄とは違って居た。
サドの胸には彼女の温もりと微かな鼓動が伝わって来て居る。
すぐさま、サドは彼女を抱き起そうとしたが、
「どうぞ、このままで、しばらくは~」
と言いつつ、彼女が更に体をサドに預けて来た。
いや、押し付けたと言った方が良い。
如何ともし難い状況にサドは追い込まれ、成す術も無いと言った所で有る。
しばし、二人は一つに固まって居た。
さて、この先、どうなるのかと思いきや、彼女はぼそぼそと身の上話を始めたではないか。
サドは彼女を軽く受け止めたまま、その話に耳を傾けていた。
彼女の両親にすれば、子だくさんの一家の食い扶持(ぶち)を減らす為に彼女を宮廷に上げたそうである。
親元にはそれなりの金額が支給される。
見方を変えれば、食い扶持を減らすと云うよりも、娘を金銀に取り替えた事に成る。
この手の話はよく有る事で、サドも常日頃から心を痛めていた。
同情は憐れみとなり、いつしか、それ以上の感情が芽生える事も少なくはない。
サドの心は見事に彼女の手中に収められて行く事に成るだろう。
サドは女官を呼び寄せ彼女を宮殿へと送らさせた。
別れ際に女性はサドに耳打ちをした。
『私は後宮に仕える事になつたフィーリアと申します。又、何かの折にはこちらにお邪魔しても宜しいでしょうか』
サドは軽く頷いて応えた。
フィーリアが左大臣からどの様な密命を帯びて居たか知らぬままに~。
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