第44話 先帝の死

 右大臣の屋敷から救い出されたタケルは日毎体調を回復させたいった。

 新がマチルドの為に娑婆世界から持ち帰った薬が功を奏した様である。

 ヒラリの献身的な介護も述べて置かなければ成らない。


 ヒラリはタケルが元気に成るのをそのまま喜べずに居る。

 夢の回廊を行き来するまでに良く成れば、それはそのまま別れの時に至る事に成る。


 元々、タケルはシャイニング・ダイヤを手に入れる為に危険を顧みず金色世界に来たのである。

 用が済めば娑婆世界に帰るつもりで居たであろう。



「ヒラリ、どうしたの。タケルがあんなに元気に成ったのに~」


 キラリは妹のヒラリを気遣っている。


「姉さん。私もタケルと一緒に行ってはダメかな?」


「何をバカな事を言ってるの。タケルの症状をまともに見て居たでしょう。よくは分からないけど、私達だって向こうに長く居ればそれ相応の変化がある筈だわ」


「そうだよね。どの道、行き着く所はそれなんだ。新ならなんとかしてくれるのでは~」


「ん~ん、どうにもならないよ、きっと。時間の長さがまるで違って居るのだから。仮にヒラリとタケルが娑婆世界で一緒に暮らしたとして、タケルはヒラリの3倍の速さで年を取って行くのよ。二人にそれが絶えられて?」


「・・・」

「さぁ、その事は忘れて・・と言っても無理か。ヒラリにしては初恋だものね~」


「初恋なのかな?ちょっと待って・・・、それじゃ、司の宮様と新はどうなるの?」

「さぁ、私に聞かれても。形の上では宮様は宰相のフォクスロット様と許嫁の関係で在られる。それを重ね合わせればとても~」


「とても?」

「もう、よしましょう。ここで私達がヤキモキしても始まらいわ。さぁ、行きましょう。執務室で宮様お待ちです」




 執務室には司の宮、宰相、それに新に伴われてやって来た、元宮廷医クベックが居た。


 

「キラリたちも来たことですし、そろそろ、始めましょうか」


 キラリ姉妹が席に着くと、司がそう口火を切った。


「そなたが、元宮廷医のクベックですね」

「はい、左様で御座います。司の宮様」


「そんなに畏まら無くても構いません。宰相の事は覚えて居ますよね?」

「はい。地下牢から助け出して貰いましたから~」


「その話は既に聞き及んで居ます。確認して置きます。そなたは今の帝に言われて、先帝に毒を盛り続けた事に違いは有りませんか?」

「その通りで御座います。怖気づいた私を右大臣が牢に閉じ込めたのです」


「その右大臣も間もなくここに来る筈です」

「えっ!」


「心配には及びません。今の彼はまるで別人ですから~」

「と、申されても~」


「今に分かります。噂をすれば~」


 執事のサドに案内させれて右大臣、ガボットが執務室にやって来た。


「これはこれは皆さん、お揃いで。おやっ、宮廷医の・・・」

「クベックで御座います」


「そうで在ったな。いつぞやは済まぬ事をした。わしを恨んで居るであろうな」

「あっ、は、いえ」


 司が口を挟んだ。

「クベック、どうです。人相まで変わったでしょう」

「宮様、余り、老僕を虐めないで下さい。穴が有ったら入りたく成ります」


 司は一度顔を緩めた後に、皆に向って厳かに問いかけた。

「これで白黒がハッキリしました。さて、これから如何すれば善いか、各々の意見を聞かせて下さい」


 初めに宰相のフォクスロットが口を開いた。

「今、事を表ざたにすれば、緒に就いたばかりの宮様の志が上手く運ばなく成りはしないでしょうか」


 右大臣が、

「私も同感です。今、宮様は教育に関する改革を進めて居られますが、いずれは国政全般をもと考えておいででしょう。ここは一先ず矛を収めて、全てが順調に運び出した後に、今の帝に詰め寄られて然るべきかと~」


 司は両者の意見に頷いた後に、

「他に、申し置きたい事が有る人は?」


 新が手を挙げた。

「新、あなたにも意見が?」

「意見じゃなくて、忘れてはならない事が一つ」


「なんでしょうか?」

「下手に手を出して、今の帝と左大臣が互いに手を取り合う事に成れば、それこそ、こちらの命とりに成り兼ねないよ」


 宰相が相槌を打って、

「成るほど、その通りですね。帝の位を密かに狙って居る左大臣が一時的にでも在れ、その帝と繋がると成ると厄介な事に成るでしょう」


 新が得意げに、

「ほらね。宰相もそう言って居るし、ここしばらくは宮様はご自分の勢力の拡大を考えて居た方が良いのでは有りませんか?」


 司は意を固めた様である。

「私としては本意では有りませんが、今は、皆の意見に従う事にします。いずれ、時が来れば相応の態度で事に当たります」




 執務室での会議が終わると、司は身近な者を伴い自室へと引き上げた。


「司、ここんとこ、皇女の品格とやらがスッカリ板に付いて来たね」

「何ですか、その言い様は、忘れて無くて『むち打ち、拷問、磔(はりつけ)』を」


「よしてくれよ。キラリたちが居る前で、それを言うのは~」


 キラリが面白がって、

「宮様がそれを声高に言い放つと新が急に萎縮するんですよね」

「その通りです。効果てきめんですよ。ここしばらくは試して居ませんけどね。それで、ヒラリ、あなたが話したい事とは~」


「はい、宮様。タケルと一緒に娑婆世界に行かせて貰えませんでしょうか?」


 キラリが血相を変えて、

「まだ、そんな事を言ってる。さっき、言って聞かせたでしょう」

「だって、お姉さま、考えれば考える程、胸の辺りが、こう、キュウ~と傷みだすんですもの」


 司は困り果てた顔を浮かべた。

 これまでもこれからも、共に歩もうとして居たヒラリを今失うのは身が削がれる思いであったのだろう。


「新、あなたはこれをどう思いますか?」


 司にしてもこれは他人事では無かった。

 幾ら夢の旅人であったとしても、いずれ、新は金色世界を離れる身である。

 心の隅に追いやって居た不安が、真直に迫って来た様に思えて成らない筈である。


「どうとも言えないな。これは、飽くまで二人の問題だよ。ヒラリも向こうに行ってタケルのように成らないと云う保証はない。僕の父さんの衰弱ぶりをみんなも見た筈だ。ヒラリも覚えて居るだろう」


「そ、それは~、でも~」


 ここで新は首を傾げた。

「ヒラリ、所でさぁ~。タケルは何て言ってるの。君の考えはもう伝えて有るんだろう」


 ヒラリは合わせた手をこねくり回しながら、

「えっ、あぁ~、それは・・・」


 司がこの場の詰めを計った。

「どうやら、ヒラリの独りよがりの可能性が濃厚ね。正直に、タケルに今の思いを告げてごらん。なにも、私達に気兼ねする事は有りません。誰人であれ、人の心と身の自由を妨(さまた)げる権限は有りませんから~」







 

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