第43話 ヒラリにも~

 司の部屋で新は状況を説明して居た。


「それで、タケルは確かに地下牢で捕らわれて居たのですね」

「うん。飛び道具をチラつかされて、退散するしかなかったんだ。ヒラリを連れて帰れなかった事は謝るよ」


「ヒラリの事ですから、それこそ、ひらりと舞い戻って来ることでしょう」

「司、今、しゃれてる場合じゃないだろ~」


「えっ?」

「ヒラリがヒラリってさ」


「あぁ・・・そんなつもりでは~」



『コンコンコン』


「誰かしら。どうぞ~」


 ドアを開けて気落ちしたヒラリが現れた。


「無事だったんですね」

「はい、何とか切り抜けて来ました」


「タケルがかなり弱って居ると新に聞かされていた所です」

「そうですとも、だから、早急に・・・」


 ヒラリはそこで口ごもった。

 胸の内に言い辛い事が有るようだ。


「何か、話がある様ですね。一度、自室に戻って休みなさい。その後で皆で相談しましょう」

「はい、仰せのままに~」


 ヒラリは肩を落として部屋を出た。


「きっと、右大臣に何か言われて来たんだよ、そうでなきゃ、簡単に戻って来れる筈が無いだろ」

「凡その見当は付きます。ヒラリが不審な動きを見せても見逃してあげてね~」


「不審って、まさか~」

「多分、物々交換でしょう」


「八葉蓮華の小太刀をまんまと右大臣にくれてやるかい?」

「仮に、右大臣が手にした所で、使いこなせるのは私一人に限られて居ます」


「・・・」


 新はヒラリが小太刀を使える可能性が有ることを司に言い出せずに居た。

『ヒラリの胸に司の腕と同じように鶴の紋様が現れる』

と言って仕舞えば、司の自尊心を傷つけてしまいそうであったからだろう。


 それに、どうしてそれが分ったのかと問い詰められるのを避けたかったに違いない。



 執務室にタケルの救出に関わる面々が顔を揃えた。

 これと言って策がある訳では無かった。

 しかも、一度失敗をして居る。

 状況は芳しくない。


 タケルの症状を思えば急がねばならない。

 ヒラリは苦渋の面々をよそに席を立った。

 お手洗いにと言い残して行ったが、司、新、それにキラリはそれを言葉通りに受け取らなかった。


 司が新に問いかけた。

「新、どう思います」

「きっと、あれを取りに行ったんだ」


 キラリが口を挟んだ。

「私が言って聞かせます」

「思い人の命運が掛かって居るのですよ。譬え、姉妹と雖も従う筈が有りません」


 司がそうキラリの言葉を突っぱねた。


「思い人なんて、宮様の早とちりでは~」

「いいえ、あの眼に違いは有りません。新もそう思うでしょ}


「うん。いや、はい、そうですよね、きっと」


 キラリは逸(はや)って、

「なら、ヒラリの好きにさせるおつもりで~」

「ええ、いざと成れば私が出向きます。新、一度行った場所なら大丈夫ですよね」


「任せて下さい、でも、司の宮様に危害が及ぶのでは~」

「それに関しては大丈夫です。無暗に私に手出しは出来ない筈ですから~」


 一同はヒラリの行動を見守る事にした。



 やはり、ヒラリは司の部屋に忍び込み、八葉蓮華の小太刀を盗み出した。

 小太刀に関してはヒラリ、キラリ共にそのありかを知らされていた。


 ヒラリは小太刀を懐に収め、右大臣の屋敷に向かった。


 心中、只ならぬ思いで居るヒラリに、後ろを付けて来る司、新、それにキラリに気付く余裕は無かった。



 門番は上から言い聞かされて居たのであろう、すんなりとヒラリを通した。


 連絡を受けた右大臣の配下の者がヒラリを屋敷の大広間へと案内をした。


 ヒラリはそこで右大臣とその近習の面々と対峙した。

 右大臣に抜かりはない。

 小銃を手にした警護の者も、そこここに配置して居る。



 やがて、手を縛られたタケルが連れ出されて来た。


『なにも、弱り切って居るタケルにそこまでしなくても~』

と、ヒラリは唇を噛み締めて右大臣を睨んだ。


 右大臣が徐に口を開いた。

「用心に越した事は無いからな。新と言い、こ奴も何をしでかすか分かったもんじゃない。それで~」


「ええ、小太刀はここに~」

と言って、ヒラリは懐に手をやった。


「どれ、それを早くこちらに~」

と言って、右大臣は側近の者に目配せをした。

 

 彼らが二三歩キラリに歩み寄ると、


「待って、その前にタケルを自由にして!」


「ふんっ、まぁいい。縄を解いてやれ!」


 右大臣は満悦の笑みを浮かべて言い放った。

 十中八九、八葉蓮華の小太刀を手にした気分で居る。


 ヒラリは縄を解かれてうずくまって居るタケルの下に歩みより膝を着き、抱き寄せ、声を掛けた。


「もう、心配には及びません。今、助け出しますから~」

「ウゥ~、ウゥ~」


 タケルは伝えたい思いを言葉に出来ずに居る。


「ふふっ、どの道、ここからお前たちを逃がすつもりはない。この先、司を黙らせる為にいい様に使ってやるからな。さぁ、早く、小太刀を娘から取り上げろ!」

 右大臣は声高に言い放った。


 右大臣の言葉を耳したヒラリの憤りが全身に伝わった。

 見る見るうちにヒラリの顔が赤みを帯びて来たではないか。

 事によると、その胸には鶴の紋様が浮び上がって居るかも知れない。


 ヒラリとてその兆しを感じ取って居た。

 素早く懐の小太刀を取り出し、閉じ紐を解き中身を取しつつ出し立ち上がり、

抜き放った小太刀を頭上に翳した。


 そして、

『南無妙法蓮華経』

と声高に唱えるや、司の時と同じく、小太刀の刀身から四方八方に眩いばかりの閃光が迸(ほとばし)った。


 一瞬、右大臣の口から、

「仕舞った!」

との声が漏れた。

 右大臣とて、まさか、ヒラリが司と同じ様に振舞えるとは思っても居なかったに違いない。


 大広間には銀色の帳が波を打ち、輩に目をやれば、或いは慄(おののお)き、或いは伏し倒れ、或いは厳かに手を合わせて居る。


 当の右大臣を見れば、先ほど迄の怒りの血の気が引き、柔和な笑みが浮かび上がろうとして居るではないか。

 一体、これはどうした訳であろうか。



「ほらね。覚書に書かれて居た通りになったわ」


とは、いつの間にか大広間脇に潜んで居た司の言葉である。


「それにしても、ヒラリに小太刀が使えるとは思いも寄りませんでした」

「それはそれとして、これはどう云う訳なんだい、司?」


「あのね、覚書には『三度(みたび)この閃光にまみれし者は、その心の邪(よこしま)が絶たれ、善なる思いが沸き上がって来る』と書かれて居ました。

 右大臣が小太刀の閃光を受けたのはこれで三度目です。まさに、その通りになった様です」


「それで、これからどうなるんだい?」

「新も、キラリもじっくり観ててごらん、右大臣の代わりようをね」



 ヒラリにもその様子が見て取れた様である。

 身に危険が及ばないと察知したのか、徐に小太刀を鞘に収めた。


 大広間にはその余韻が微かな霧のように漂って居る。


 右大臣は左右の者に告げた。

「危ない物は直ちに仕舞いなさい。いやはや、度を越して仕舞ったようだ。恐れ多くも、八葉蓮華の小太刀を我が物にしようとは~」


 右大臣はヒラリの下に歩み寄った。

「済まぬ事をした。乙女心を悪用して仕舞った。早く、その者を連れて帰るがよい。ここでは手の施しようが無いからな~」


 ヒラリは狐に摘ままれた様子である。

「あっ、そう、そうですか。それなら~」

と、タケルを持ち抱えようとしたが、その力が及ばなかった。


 そこに、

「右大臣、お邪魔しますよ」


「誰かと思ったら、司の宮様。わざわざ起こしとは~。面目ない所を見られて仕舞いましたかな?」

「いいえ、却って、心が晴々として居ます。これで、そなたとも共に国政を担って行けそうですね」


「そう言って頂けると、身が引き締まる心地がします」


 物蔭では、

「キラリ、あれがあの右大臣かい?」

「そうみたいね。腹黒い狸がそれこそ猫なで声で話しているわ」


「新、キラリ、出て来て下さい。タケルを連れて帰りますよ」


 ヒラリがタケルを抱き抱えながら、

「宮様、大変申し訳ない事を~」

「構いません。すべて、これで収まりました。ヒラリのタケルに寄せる思いも十分に知り得ましたから~。さぁ、行きますよ。右大臣、見送りには及びません。そこらに伏せって居る者を見てあげなさい」


「畏まりました。お気を付けてお帰りを~」




 

 


 


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