第40話 タケルに異変が~
司が俄かに持ち上がった縁談話で四苦八苦して居た頃、新はユングベルト皇子を尋ねていた。
「それで、何用で来たのかな?」
「司の宮に頼まれてね。これをマチルドさんに渡して欲しいんだ」
新は小包をテーブルの上に厳かに置いた。
「新、君が直接マチルドに渡せばいいのじゃ~」
「この中には、彼女の為に取り寄せた薬が入ってるんだけど、司の宮からだと知れば、素直に飲んでくれないだろうから~」
「そう云う事か。いくら体が弱って居たとしても、心の中に対抗心が潜んで居ればおいそれと口に入れないだろう~て事だな」
「その通りです。皇子の心配りならなんの憂いも無いと僕も思います」
ユングベルトは、しばし物思いに耽(ふけ)った。
『言うなれば、素人同然の司が寄こした薬を何の確証もないままマチルドに与えて良いものだろうか?』
新はユングベルトの胸の内を察したのか、
「信用できないのなら、こうしてみては~。これは漢方薬と言って普通の人にでも滋養の為に吞むことが出来ます。だから、皇子が試しに吞んで効果の程が感じられたら、マチルドさんに与えては~」
「なら、そうする事にするか。それで、司は何故にそこまでマチルドを気遣ってくれるのかな?」
「さぁ、僕には~。ただ、僕の国にはこう云うことわざが有ります、『敵に塩を送る』。つまり、司の宮は同じフィールドでマチルドさんと向き合いたいと考えて居るのでは~」
ユングベルトは口に手を当てて苦笑いを押さえた。
「なるほどね。一度会っただけなのに、司にはマチルドの気性が読み取れたようだね。しかしな、マチルドが元気になれば司も手を焼くことに成り兼ねないけどね。まぁ、それも、善しとするか」
さて、まんまとシャイニング・ダイヤを手にしたタケルではあったが、気分が優れないのか、あてがわれた部屋のベッドで臥せって居た。
ヒラリは彼を気遣ってか、その傍を離れられずに居た。
「どうした事でしょう、ついさっきまで何ともなかったのに~」
「もう良いよ、帰ってくれても。大丈夫だから~」
「もしかして、こっちの世界に来たからかしら?」
「どうだろう」
「待ってて。新ならその事が分かってよ」
と言うなり、ヒラリは部屋を出て行った。
新がユングベルトの部屋から別塔に戻り着いた時だった。
「何処をほっつき歩いて居たのですか。散々、探して居たのですよ」
ヒラリは新と行き合うなり、声を荒げて詰め寄った。
「どうしたの、そんなに咳き込んで~」
「どうもこうも、聞きたい事が有るから・・・そうね、ここじゃなんだから~」
ヒラリは人気のない別塔の裏庭へと新を連れて行った。
「タケルの様子が変なの。急に力が萎えたみたいで、今、ベッドで横になって居るわ」
「だから、言わんこっちゃない。あれだけ言ったのに~」
「分かるように言ってくれない。察しは着くけどね」
「その通りだよ。僕や父さんならそれ程でも無いけど、タケルにはこっちに居るだけでもかなりの負担がかかる筈さ」
「やっぱり、そう云うことだったのですね。それで、どうすれば~」
「やけに、熱が籠っているね。そんなにタケルの事が気がかりなんだ」
「何を呑気(のんき)な事を言って。直ぐにでも、何とかしないと」
「連れて帰るしかないよ」
「娑婆世界にですよね」
「うん。そう云う事になるね」
ヒラリの顔に蔭りが覗える。
タケルに対して友人以上の思いが芽生えて居るようだ。
新とてその気配を感じ取って居たが、ヒラリに対して他の用件が有るようだ。
「それで、いつから~」
ヒラリは勘違いをしたのか、
「別に、タケルに好意以上のものは~」
「タケルの事じゃなくて、ヒラリのその胸に浮び上がって来るモノの事だよ」
「えっ!」
新は爺さんが見たという、湯船に浸かって居た折に胸に現れた鶴の紋様の事を聞き糺(ただ)している。
「どうして、それを~。お爺さまね」
「誰だって構わないだろう。その事を司やキラリは知って居るの?」
ヒラリは俯き、黙り込んでしまった。
「と云う事は、他に誰も知らないって事だね」
ヒラリは観念したのか、ぼそぼそと話し始めた。
それが見え始めたのは数年前からだと云う。
始めはぼやけて居たのだが、最近になってその紋様がくっきりと出て来るようになったそうだ。
ただ、それは体が火照った時に限られているらしい。
感情が高ぶったり、湯船に浸かった時も同様である。
「どうして、秘密にしてるんだ」
「どうしてって~」
「司は生まれつきなんだろ」
「その様に聞いていますわ」
「事によると、君も八葉蓮華の小太刀を操れるのかも知れないね」
「まぁ、そんな事が私に~」
「良くは分からないけど、その可能性はあるかも知れない」
丁度、宮殿から戻った司が二人を認めて近づいて来て居た。
「どうしたのですか、二人してこんな所でこそこそと~」
新は振り向き司を見て、
「何でも無いよ。君こそ、浮かない顔をして、宮殿で何かあったのかい?」
司はその事を口に出せないのか、新たちから目を離し、
「何ごとも有りません」
「他人(ひと)は誤魔化せても、僕には通用しないことくらい分かっているだろ」
「私にだって、誰彼に話せないことは有ってよ」
司が、成り行き、それに思惑があったとは言え、宰相と許嫁の関係に成ったと今、ここで言える訳がない。
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