第39話 縁談
新たちが部屋を後にすると、司は疲れを感じたのか、椅子に沈み込んだ。
『どうして、私は皆の前で、新につれなく当たって仕舞うのでしょう。もしかして、二人で居る時間が少なく成ったからかしら?それって、どう云う事?』
気の利いた誰かが、
『恋心の芽生えですよ』
って、アドバイスをしてくれれば良いのだが~そんな吾人は見当たらない。
今、司の部屋に入ろうとしているサドがもう少し気を効かせても良いのだが、彼とて、カヤ族の奥さまからの言いつけを守る立場である。
「司の宮さま、そろそろ、宮殿に向かわれては」
「そうだったわね、スッカリ忘れていました。直ぐに、参ります」
この日も、司は忙しい様である。
皇帝から呼び出されて居たのだ。
司はてっきり、自分のプロジェクトに関する事を聞かれるのだと考えて居たようだが~。
司が宮殿の従僕に案内された部屋に入ると、皇帝が中央に、左右に大臣、それに宮廷の催事に携わる人々が待ち構えて居た。
彼女が思い描いていた雰囲気ではなかった。
誰もがにこやかに言葉を交わしていた。
司が皇帝に向き合って座ると、室内が静まり返った。
皇帝が頬を緩めて話し始めた。
「司、いきなりだなんだが、今日はお前の縁談についての集まりだ」
「えっ、縁談って、私はまだ、その様な年齢に達して居りませんが~」
「まぁまぁ、そう目くじらを立てずとも、何事も早いに越したことはない」
その皇帝の言葉を右大臣が引き取った。
「そうですとも、司の宮様、若い美空は直ぐに陰るものです。丁度、そのお相手も釣り合いが取れて居ますしね」
既に、この右大臣と左大臣の胸の内は披露してある。
司の存在に対しての、手っ取り早い厄介ばらいと云うのがこの縁談で在った。
司はテーブルを見渡し、自分の考えに同調してくれる人間を探したが見当たらなかった。
頼みの綱の宰相は所用が有るのか、この場に居合わせなかった。
司は、雰囲気からして押し切られそうな予感がしてならなかった。
かと言って、駄々をこねる年頃でもない。
あれこれ思いを廻らせ、一応はその相手やらはと、
「それで、その話に持ち上がって居るのは何処のどなたのですか?」
皇帝が応えた。
「舞踏会でも行き会ったであろう、隣国のヒューイ皇子だ」
「それで、彼も望んでおいでなのですか?」
右大臣が口を挟んだ。
「それは、もう、願っても無い事だと大喜びをして居ました」
この時点で、司はヒューイ皇子が彼女に何をしでかそうとしたかは知り得ていない。
ただ、共に市中を散策したとしか覚えて居ない。
司は漠然としてでは有るが、新に好意以上をものを感じている事に気付き始めていた。
新との関りには制限がある事をカヤ族の奥様か言い含められて居たからか、自然とその思いに縛りを掛けて居たのだろう。
この先、新とどの様な関係に成るかは知れない。
この縁談を承諾して仕舞えば、成るモノも成れなくしてしまう。
黙って居ては押し切られてしまう、そんな予感が司の胸中を過った。
司は席を立って広言した。
「私には思い人が居ます。彼も私の事を愛おしく思ってくれて居ます」
皆が息を飲んだ。
思わぬことを耳にしたのだから無理もない。
皇帝は俄かに信じられぬ体で、
「それは真実(まこと)か。ならばその者の名前をここで皆に聴かせるがよい」
「それは、その~」
司は続く言葉を探しあぐねて居た。
まさか、付き人の新とも言えない。
忽ちに一笑に伏せられてしまう。
この場でお茶を濁す事も出来ない。
周りから、真を問う険しい視線が注がれている。
と、そこへ、
「遅れました。申し訳ありません」
宰相のフォックスロットが現れた。
司は咄嗟に、
「この人です、宰相のフォックスロット氏が私と心を通わせている人です」
場がざわめき立った。
いつの間にと誰もが思ったに違いない。
当のフォックスロットは何のことかサッパリで在った。
それこそ、『根耳に水』の如くである。
司は彼に眼差しで懇願して居た。
『どうか、息を合わせて下さい』
とでも語り掛けている様でも有る。
皇帝にすればその相手は腹心とも言える宰相である。
彼ならばと思い兼ねない。
皇帝が宰相に向い問いただした。
「司の言って居ることは真実(まこと)なのか?」
宰相フォックスロットはこの場でどの様な話が出るか心得ていた。
その内容と司の言葉を繋ぎ合わせれば自ずと状況を掌握する事が出来る。
『司の宮はこの縁談を快く思って居ないのだな』
そんな司の眼差しを無下にする事は出来ない。
彼は密かにカヤ族の奥さまと或る事で通じ合っていた。
その或る事とは、司を帝位に就かせる事で在った。
これも又、秘められた事柄だが、
先の皇帝はその死の間際に、
『成人に達した司にその器が有るのなら、帝位に就かせる様に』
と宰相に言い残していた。
その司が窮地に立たされている。
ここは一つ大芝居を打つしかない。
「僭越ながら、司の宮様とは先を誓い合って居ります」
宰相は一旦、この場を収めるべきと考えた。
皇帝には異存が無いようである。
二人が帝位を視野に入れて居るとは思いも寄らないであろうから。
彼の判断は素早かった。
司はそれでこの場を凌げる事となる。
とやかく誰かが口を挟めばごまかしが効かなくなる。
皇帝が席を立った。
「この話はこれまで。皆に異存は無いな」
と言いつつ居並ぶ要人を見渡した。
右大臣と左大臣は互いに見やった。
『今回の策は水に流す他無いようですな』
と、意を交わしてでも居るようである。
皇帝が去り、他の者も姿を消し、司と宰相が居残っていた。
司は声を潜めながら、
「困り果てていた所を救って頂き、有難うございました」
「いいえ、今まで伝えては居りませんでしたが、先の皇帝、それにカヤ族の奥さまから宮さまの事は仰せつかって居ります」
「そうでしたか。叔母から宮殿内に味方をしてくれる方が密かに居られると聞いて居ましたが、それが宰相とは今まで気づきませんでした」
「禍が返って福と成りましたな」
「えっ、どう云う事ですか?」
「これで私は宮さまの許嫁の立場と後見人の地位を得た事に成ります」
「はい、それで~」
「尤もそれは表向きの事ですので、宮さまはお気になされずに。
その上で、こう成った以上、私に宰相の位の外に相当の役職が任じられる事でしょう。
こう云っては何ですけど、右大臣、左大臣に私は匹敵する事に成ります。
宮さまの先々を考えれば好都合と言えます。
秀でた宮さまにはその意味がお分かりと思いますが~」
「なるほど。そこまでは考えが及びませんでした。これからも、力添えをよろしくお願いします」
「勿論ですとも~」
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