第38話  胸の閊(つか)え

 新は右大臣ガボットに仕えていたマイキーとノベバー二人を伴って司の下に向かった。


 執務室にはウオークとトロットが机に向い忙しく作業に当たって居た。

 司の教育に関するプロジェクトはスムーズに進み始めたようだ。

 それに関しては、新の出番は無かった。



「サド、ちょっと~」

「新、戻られたのですね?」

「うん。司の宮に取り次いでくれないか?」

「ご自分で行かれては~」

「いいや、この人たちも居るしね」


 サドは室内を見回している二人に目をやった。

「この人たちをお仲間に?」

「それはまだ、司の宮の意見を聞かないとね~」

「少し待って居て下さい。直ぐに、取り次ぎますから~」

「うん、頼むよ」



 間もなく、司がサドを従えて現われた。


「何処をほっつき歩いて居たのかと思えば、市中で拾い物でもして来たのですか?」


 司はご機嫌斜めのようだ。

 ウオークとトロットの手が一瞬止まった。

 新とキラリが自分を蔑ろにして行動して居ては、それも分らぬでもないが。


「そんな風に言わないで下さい。別に、遊んでいた訳でも有りませんから~」

「それで、私にどうしろと?」


 新は司に歩み寄って耳打ちした。

 新はマイキーとノベバーとの経緯を説明し、彼らをしばらく別塔に留まらせてくれと頼んだ。

 新は伝え終えると少し下がって司の判断を待った。


「良いでしょう。その様にして下さい。サド」

「はい、宮さま」

「新の部屋の隣が空いて居たでしょ」

「はい」

「そこへこの二人を案内して下さい」

「畏まりました」


 司はすぐさま視線を新に向け、

「新は私の部屋に来て下さい。お話が有りますから~」


 新は黙って頷いた。

 司の先ほどからの態度と云い、新は余り良い話とは受け取らなかった。


 自室に入るや、司は振り向きざまに、

「どう云う了見ですの。私に一言も無く、キラリまで誘ってコソコソと~」

「別に~」

「新の『別に』には、いつも含みが有りますね」

「司、大したことじゃ無いのに、何をピリピリしてるんだい」


 新は司と二人きりだと友達の様に彼女に話し掛けるのが常だった。


「知っていてよ。先の皇帝と私の母の死因が大した事で無いと言えますか?」

「どうして、それを?」

「『別に、大したこと』ではないでしょう」

「何が気に入らないんだ?」


 司は顔に蔭りを浮かべ、しずしずと話しだした。


「体は大丈夫なのですか?」

「えっ?」

「娑婆世界から戻るや、休むことなくその様に出歩いて居るでは有りませんか」

「前にも言ったろ。僕の体は~」


 司は新の言葉を遮(さえぎ)り、

「同じことを繰り返し聞かせないで~。では、聞くけど。お父様の様子は如何(いかが)だったのですか?」

「うん、疲れも取れて元気だったよ」

「嘘、おっしゃい。あちらに行けば忽(たちま)ちに体が衰弱するのでは~」

「どうして、それが~」


 二人の内にしばしの沈黙が訪れた。

 

『コン、コン、コン』


 そのノックの音が二人の胸の高ぶりを押さえた。


「どうぞ」

と、司が応えると神妙な面持ちでキラリが入って来た。


 司は居住まいをただし、

「丁度良かったわ。キラリも加わって下さい」


 キラリはドア越しに二人の話を聞いていた。

 険悪な状態を和らげようと思い立ったのである。


「宮さまに告げずに居たのは新にも私にも落ち度だったと思いますが、宮さまがお忙しくされて居たので、私たちは気遣って居たのです」

「その様な気遣いはこれ以上しないで下さい。後で分かれば、気分を害します」


 司は間を置いてから、

「それで、何か分かったのですか?」


 新とキラリは互いを見やった。

 新が先に口を開いた。

「僕の方はまだ何とも言えません。宮殿に仕えていた医官の居所を探していたのですが、まだ、尻尾すら掴(つか)めて居ません。それで、あの二人を使って見ようかと思いまして」

「キラリの方は」

「はい。先の皇帝はカヤ族の屋敷に来る度に、何やら食べ物や飲み物を持参していたそうです」


 新が口を挟んだ。

「それに毒が含まれて居たのかも知れない。だとしたら、宮様の母親が皇帝の後を追うようにして亡くなった事も頷けるし」

「新、滅多な事を口にしては行けません。大臣たちの息が掛かった人間が別塔に居ないと限りませんよ」

 司は新を窘めた。

 未だ、機嫌が直って居ないのだろうか。


 この後、しばらく、三人は話を重ねたが、目を見張る様な事は出て来なかった。

 

 

「それでは」

と、キラリが先に部屋を出た。

 それに続こうとした新に向って司が、

「新、私はあなたの体が心配で成らないのですよ」


振り向いた新は、

「分かってるよ。それくらい」


「あっ、それから、あの薬を新からユングベルト(皇子)に届けて置いて下さい。お二人、仲良く成ったのでしょ」

「うん。マチルドが早く良く成れば良いね」

「新もそう思いますか?」

「なんにしても、競争相手が居ないとね」

「もう、又、減らず口ですか。どうかして、マチルドさんを囃(はや)し立てないで下さいね。あの人、新が気に入ってるみたいだから~」

「司ほどでも無いから、心配には及ばないよ」


 どうしても、気心を交わし合って居る男女となると、ドア越しの別れ際がまどろっしく見えてしまう。どうせなら、膝を着き合わせてと思わずには居られない。

 



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