第34話 タケルの暗躍(あんやく)

 結局、司は我が身に起きた災難を知らぬままに終わった。

 彼女の周りの者も知らぬ存ぜぬで通していた。


 何処かでヒューイは悔しがって居るに違いない。

 後一歩、それが届かなかったのである。



 だが、数日の後、彼は思わぬ話に頬を緩めて居た。

 逃がした魚が、まるで遡上して来たかのように捉えて居たのだろう。

 

「左大臣、本当に僕が司の宮と~」

「はい、これはまだ内々の話ですが、ヒューイ様が承知下さるのなら先に勧めたいと考えております」

「承知も、承知、願っても無い事です」


 左大臣はヒューイに司を娶(め)とらないかと持ち掛けたのである。

 既に、右大臣もその話に頷いていた。

 この話が公に成れば宮殿内がざわつき始めるであろう。その隙に、司の手から八葉蓮華の小太刀を奪おうと考えた様である。



 不穏な動きはそれだけでなかった。

 新に金色世界に連れて来て貰ったタケルも何やらに余念がなかった。


 彼はヒラリを人気のない所に呼び寄せた。

 こちらの世界で気軽に話し掛けられるのは彼女しか居ない。


「ねぇ、ヒラリ、幻のダイヤって知ってるかい?」

「さぁ、その様な物は知りませんけど。ダイヤと言えば、暗闇で自ら光を放つものしか知りませんわ」

「そっ、それの事だよ」

「それが、どうかしまして」

「どうすれば、それが手に入るのかな?」

「あれは極めて貴重な物で、私たちの手に届く物では有りません事よ」

「でも、司の宮はおいそれとそれを新にくれてやったんだぜ」

「そう、言われましてもね~」


 タケルはヒラリの口調に付いて行けないのか、苛立ちを見せている。


「何処に行けばお目に掛かれるかくらいは知ってるだろう」

「高貴のお方の屋敷とか・・・そう言えば、宮殿の奥に貴重品を保管して居る所が有るそうです。そこに行けばそのダイヤが有るのでは無いでしょうか。でも、誰でもが立ち寄れる場所で無いと聞いていますわ」


 タケルの目が一瞬煌(きら)めいた。

「分った。有難う、恩に切るよ」

「話はそれだけですか?」

「今の所はね。そのうち、又、分からない事が有ったら教えてくれよな」

「まぁ、わたくし等を頼りにしてくれて居るんですか?」

「勿論だとも。今、僕が頼れるの君だけなんだから~」


 ヒラリの頬が赤らんだ。

 今の今まで、人に頼りにされた事がなかった。

 格闘となると姉のキラリに引けは取らなかったが、その他の事となると、誰が見ても拍子抜けする事ばかりであった。


 そんなヒラリが、年頃も近い男性から頼りにしていると言われたのである。

 抑え切れないものが胸の内に膨らみ始めて来るのを感じずには居られなかったのであろう。

 これは飽くまで推測でしか無いが、夢の回廊を共に通り抜けることによって互いの関係が親密に成るのかもしれない。

 新と司がその事を物語っている。


「ヒラリ、どうしたんだい?ぼうっとして」

「いえ、なんでも有りません。良ければ、これから一緒に食事でも・・・あ~ら、いやだ、わたくし何を言ってるのやら~」


 一先ず目的を果たしたタケルは、ヒラリの取り乱しようを心地良く受け止めたのか、

「いいよ。こっちで人気の物を喰わせてくれるのならね」


 ヒラリは少し俯(うつむ)き加減で、

「女性から殿方を誘うなんて、はしたなくお思いに成りません?」

「そんな事はないよ。素直な気持ちなんだろ?」


 

 言って見れば、これも不穏な動きかもしれない。

 ともあれ、男女がその距離感を縮めて行くのを目の当たりにするのは、これも又、心地良い事かも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る