第33話 忍び寄る影
新とキラリは無事に司を別塔まで連れ帰った。
意識が朦朧としている司を寝かし付けると、執務室で司の腹心とも言うべき者たちが顔を合わせた。
やはり今回の事後処理について話し合うようである。
「キラリ、君が居たのにどうしてこんな事に~」
新が彼女を見つめ問いただした。
「一言もないわ。私の失態です」
「良くは分からいけど、そのヒューイとやらが一番いけないのでは~」
ヒラリが姉を庇(かば)った。
サドが状況を収めようと、
「ともあれ、司の宮さまは無事だったのだから、善しとしようでは有りませんか。隣国の皇子を裁きの場に引きずり出す訳には行かないでしょう」
新がその申し出を引き取った。
「サドの言う通りにするにしても、司の宮には何て言うんだい」
「それは宮さまが何処まで覚えて居られるかに寄るのでは~」
との、ヒラリの口調はいつもより穏やかだった。
しばらくの沈黙の後にサドが新に語り掛けた。
「ところで、娑婆世界から連れて来たあの吾人(ごじん)は?」
「あぁ、僕の仲間・・・でもないか、気心の知れた奴で、どうしてもこの金色世界に行ってみたいと言われて、仕方なくね」
「何かの禍(わざわい)の種に成らないでしょうか?」
「酷いな。そんな事は無いよ、きっと。こちらの見物が終われば直ぐに娑婆世界に送り届けるから。それに、こっちに居る間は僕が目を光らせているから~」
「そうですか。この様な時には続けさまに良からぬ事が起きるのではと・・・私の老婆心で在れば良いのですが~」
ヒラリが口添えをした。
「サド、彼はその~良からぬ事?をするような人では無いと思いますわ」
「なら、良いのですが」
サドの歯切れは悪かった。
他に宮殿内に良からぬ気配を感じて居たからで有ろうか?
サドの予感は的中して居たようである。
宮殿内の一室に良からぬ企てを計っている二人が居た。
「右大臣は聞き及びですか?あの司の宮が、事も有ろうに、私をないがしろにして経済界の重鎮を呼び寄せた事を~」
「ほう、気に掛かりますか。勿論、私も情報の網を廻らせておりますのでね」
「どうです、お互い手に負えなくなる前に彼女を何とかしようでは有りませんか?」
「皇位継承の事が気がかりなのですか、皇子の許嫁の父親としては~」
「そうあからさまに言わなくても・・・違いは有りませんがね。右大臣も司の宮に手痛い打撃を被ったのでは?」
「ご存じだったのですか」
「何分、網を張り巡らせて居る者で~」
「これは、これは、口は慎むものですな」
あたかも狐(左大臣)と狸(右大臣)が頭を突き合わせて、互いの腹の内を窺いながら、当分の共通の天敵への対応を検討しているかの様である。
その頃、司の寝室では~、
『バカだな~おいそれと自分から餌食に成る所だったじゃないか。とは言う者の、胸の内で性善説を疑わない司に、人を疑って掛かれとは言えないしな~』
そんな事を考えながら新は、司のベッドの脇で小椅子に座り、しげしげと彼女を見つめて居た。
司が目を覚ました。
「あれっ、新、こちらに戻って居たのですか?」
『何にも覚えて居ないんだ』
「うん、少し前にね」
「それで、私は一体、どうした事でしょう?」
「な~に、疲れが溜まって居たんだろう。貧血でも起こしたのか、キラリがぐったりした君をここまで連れ帰ったそうだよ」
「そうだったのですか。まるで、覚えて居なくて~」
『なら、良いんだけどね』
「どうしたの、私の顔に何か付いてでも居るのでしょうか?」
司はいつもと違った新の眼差しの意図を計りかねていた。
「ん~ん、相変わらず可愛いな~て思ってね」
「もう、からかわないで下さい」
司は掛け布団をたくし上げてその顔を覆った。
眼を覚ました司を見届けた新は、
「僕は、もう行くよ。この際、ゆっくり休むといい」
司はそうっと顔を覗かせ、
「えっ、もう行って仕舞うんですか。あちらでの事を聞きたかったのに~」
「それは後で。頼まれた物はちゃんと持ち帰ったからね」
「ご苦労様でした。それでですけど、新の方こそ体は大丈夫なんですか?」
司の言わんとしてる事を新は弁えて居た。
それが気に障ったのか彼は司を咎めるような口調で、
「君が気にする事じゃ無いだろ。僕の事は僕が一番分って居るから」
「なにも、そんな言い方をしなくても~。もう良いです。何処となり行ってください」
新はそのまま言葉を返さずに部屋を後にした。
司にすれば、金色世界に居るだけでも負担を感じる筈なのに、自分の願いのままに娑婆世界へと行き来してくれた新に申し訳なく感じて居たに違いない。
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