第7話 ヨミの世界の門

「司、着いたよ。ここがヨミの世界の入口」

「立派な門が有りますね」

「うん。あの中には入れないけど、取り敢えず、門番に尋ねてみよう」

「まぁ、強面(こわおもて)の方が両脇に~」


 新はなんの躊躇いも無く司を伴いその門へと向かった。



「やあ、こんにちは!」

「むむっ!気軽に話し掛けよって・・生意気な小僧だな。ここを何処と~」

「知ってるよ。ヨミの世界の入口だろ」

「ならば、心得て居るであろう。そなた達が無暗に立入れる場所で無い事くらい」

「おじさん、不動(明王)さんでしょ。そちらが愛染(明王)さん。ちょっと、聞きたい事が有って、いつもは素通りするんだけどね。話を聞いてくれないかな?」

「今は勤務中だ。お前たちに構ってる暇はない!」

「そんなこと言わないで」


 と、そこに何やら気配を感じてか、門の奥から誰やらが現れた。


「何を騒いでおる」

「これは弥勒(菩薩)様、この小僧がいちゃもんを付けるので」

「不動よ、言葉を選びなさい。そんな下世話な言葉遣いはいけませんな」

「あっ、はい、すいません」


「怒られてるや」

「新、その様な態度はよろしくなくてよ。私が代わります。

・・・あの、この者は父親を捜して居るのです。何か手がかりが無いかとこちらに覗ったのですが」


 弥勒は、

「ほう、訳ありの様に見受けるが、果たして力に成れるかどうか。小僧、詳しく話してみよ」

「やっぱり、お偉いさんは話が分かるね。そこいらの明王とは格が違うもんな」


 血の気の多い不動は拳を突き上げながら、

「なんだと、もう一遍言って見ろ。ただでは置かないぞ!」

「これこれ、このヨミの門の守り主がその様では皆に示しが付かないでは無いか」


 不動は弥勒に諫められ、しずしずと後ずさりして持ち場に戻った。


 弥勒は穏やかな笑みを浮かべながら、

「さぁ、話して見るがよい」


「僕は娑婆世界から来た新、この子は金色世界から来た司です」

「ほう、違う銀河の人間が共々にここへ」

「はい、それには訳が有りまして。それでですけど、十五年前に僕の父さんが

これを持ってこちらに伺った筈なんですが」


 新は八葉蓮華の小太刀を弥勒に差し出した。


「ほう、中を改めてもよいかな?」

「ええ、是非」


 弥勒は徐(おもむろ)に手にした包みを紐解いた。


「鞘に上首菩薩様の鶴の紋章。紛れもない、これは上首菩薩様の守り刀、八葉蓮華の小太刀。・・・そなたの父がこれを携えてここに来たことは確かだが・・確か、忠と申す者だったな」

「はい、そう、そうです。それで、その僕の父さんがこちらに来たっきり戻って来ないんです。ただ、この小太刀だけが爺さんの家に~」

「ほう。忠とやらは上首菩薩様にお目通りを許され、思いの程を告げ娑婆世界に帰ったとばかり思って居(お)ったが」

「それがそうでないから、尋ねに来たんです」

「まぁまぁ、そう苛立つでない。そちらの女人(にょにん)は金色世界から来たとの事だが」

「はい、カヤ族の司と申します」

「ほう、カヤ族とな。そこの新とはどのような経緯があってここへ?」

「話せば長くなるのですが~。新のお爺さまが言うには、新と私は運命(さだめ)によって引き寄せられたそうです」

「なるほどな。しばし待ちおれ」


 仔細を確かめに奥へと向かうのかと思いしが、

 弥勒はその場で静かに眼を閉じた。


 新は司に小声で、

「何をしてるんだろう」

「私にも分かりません」


 と、愛染明王が二三歩歩み寄り、

「静かにしておれ。

 今、弥勒様は神通力で持って上首様と交信中で有られる」


「新、例のあれでしょうか?」

「どうだろ。次元が違う様な気がするけどな」



 徐に目を開けた弥勒は、

「待たせたの~。済まぬ、私の思い違いで有った」


「と言うと?」

 新は真顔で訊ねた。


「実はの~、忠とやらは内々に上首様の命を受け、

 金色世界に向かったそうだ」


「えっ!本当ですか?司、聞いただろう、父さんが~」

「ええ、確かに。

 新、待って、弥勒様がまだ何かを言いたげにして居られます」


「その命とやらだが、司、そなたの国に異変が起こる兆しが有ったそうだ。

 それを探って来るように言われたそうだ、忠とやらは」


「異変って?」

 新が尋ね、

 司が口を挟んだ。


「それって、宮廷内の事でしょうか?」

「おう、察しが早いな。皇帝の身に危険が迫って居たとの事だ」

「その皇帝とは私の父の事でしょうか?」

 司の顔に憂いが帯びている。


「何、そなたの父とな」

「はい。私が幼い時に崩御されたと聞いて居ます」

「では、そなたは先の皇帝の娘なのか?」

「はい。表向きには伏せられて居ましたが、カヤ族の下で今まで隠れて暮らしておりました」

「そうであったか~」


 業を煮やした新は続けさまに、

「それで、今、父さんは何処で何をしてるんですか?

 元気でいるんですか?」

「新とやらの気持ちは分からんでも無いが、立て続けに聞かれてもな」

「悠長に構えて居ないで、知ってるなら、早く教えて下さい」


 身を乗り出した新を宥めるように、司がその肩を掴んだ。

「新」

「分ってるよ、でも~」


 弥勒は残念そうな顔を浮かべながら。

「私が聞き及んだのはこれだけである。今は、忠の生死さえ判然としておらぬ。ただ言えるのは、余程の目に遭って居るのは確かだ。

 彼にして、どの様な事態に追い込まれようと、抜け出す事は容易い筈だ。それが出来て居らぬ事からも窺えるであろう」


 新はヤキモキして地団駄を繰り返している。

 今にも、叫びながら何処やらへと突っ走り兼ねない。


 司とて新の気持ちを察して居た。

「大丈夫よ、新のお父様はきっと宮殿内の何処かに居ると思います」

「何処かって、どこだよ?」

「さぁ、それは。・・・もしかして、地下の牢獄かも?」

「何だって。十年以上もそこに閉じ込められていたと言うのか」

「ごめんささい。ただ、ふと、そんな気がしたのです」


 弥勒が間に入った。

「これこれ、ここでその様にして居ても、埒が明くまい。

 何より、今は、宮殿に向いその真否を確かめる事を急ぐべきでは有るまいか」

「そうよ、新。弥勒様が仰(おっしゃ)る通りですわ」

「ふん。分かったよ。そうすれば良いんだろ」

「では、新。参りましょう」


 何を思ってか、弥勒は二人を呼び止めた。

「しばし待たぬか」

「まだ、何か?」


 新の胸の内は穏やかでないらしい。言葉に棘が含まれた居た。


「おぬしたち、八洋蓮華の小太刀の使い方を、又、その力の程を知っておるのか」


 司が応えた。

「覚書を読んだのですが、抽象的に書かれて居て未だに知り得て居ません」

「でも有ろう。文字と云うモノには隠された意味が込められてある。なぜかというと、誰彼となく容易く真相を掴ませない為なのだ」


 新がぶっきら棒に、

「弥勒さんは知ってるんだ」


「少しはな~」


 司が懇願した。

「弥勒様、お願いです。それを教えては貰えませんか?」

「もとより、そのつもりで呼び止めたのだ。司、もそっと近くへ~」

「はい」


「そなたの腕の袖を捲ってはくれまいか?」

「えっ!」

「他意はない。そうせねば成らぬゆえである」

「分かりました」


 司は袖口をたくし上げ、その腕を弥勒へと差し出した。

 弥勒の意図を察して居たのかも知れない。


「やはりな。カヤ族の紋章であろう、それは」


「えっ!」

 新はそれを見て驚いた。

 新は未だに気付いて居なかった、

 司の右腕に亀の甲羅の刺青が在った事を。


 何やら始まりそうな気配を感じてか、

 不動明王と愛染明王がその場に近づいて来て居た。


 徐に弥勒は告げた。

「では、始める事に致すか」


 一同、固唾を飲んで弥勒の言葉を待ち構えている。


「新、その包みを解いて、小太刀を出しなさい」

「はい」


 新は神妙な面持ちで弥勒に従った。


「では、少しばかり抜いて見てくれぬか」

「これ位かな?」

「おう、それでよい。そこで留め置け」


 司が我が身の異変に気付いた。

「弥勒様、私の腕の刺青が~」

「うん。八洋蓮華の小太刀と司の腕の刺青の紋様が相通(あいつう)じ合って居(お)るのだ」


 見ると、司の腕の鶴を模(かたど)った刺青が黒褐色から赤らみ始めていた。


「新、もう良い。小太刀を収めよ」

「どうなってんだ?」

「早く、収めよ」

「はいよ」


 新が小太刀を収めると、司の腕の紋様の色も元の黒褐色に戻った。


「驚かせて仕舞ったかな。百聞は一見に如かずである。

 この様に小太刀と司の腕の刺青は共に有ると、その力用(りきゆう)を現わすこととなる。

 悪しき者に迫られ万事休すに至った時は、司がこの小太刀を抜き翳(かざ)し、その刀身に刻まれている文字を高々と唱える事によって事態が収束するであろう。良き方へとな」


 新も司も目を丸くして事態を訝っていた。

「弥勒様、私はこのようなことを聞いて居ませんでした」

「無理もない。時至ってこそ明かされるべき事柄である。無暗に知れ渡ってしまえば、司やこの小太刀が悪しき者どもの標的に成り兼ねないからな」

「弥勒さん、何が何だか、サッパリなんだけど~」

「新がどうこうする訳では無い。司が自ずから小太刀を抜き翳す時を感じるであろうから」




 新と司はヨミの門に別れを告げた。


「来て良かったわね」

「うん。でも、これからが大変だ。父さんを探さないと」

「間もなくよ、私達が宮廷に上がるのは」

「奥様に宮殿の見取り図を手に入れて貰わないと」

「そうよね。きっと、お父様、見つかってよ」

「うん。何故だか司と居ると先行きに希望を感じる。さっきの事と云い、司にも秘められた力が沢山(たくさん)在るのかも」

「どうでしょう。それもこれも新が私の傍に居てこその様に思えますけど」

「僕が?僕はただの無鉄砲なコソ泥だけど・・・、後は、物怖(ものお)じしないだけかな」


 司は何やら思い浮かべたのか、にんまりとしている。

「司、どうかした?」

「いえ、見方を変えれば、新の物怖じしない性格は勇気が有るって事でなくて」

「持ち上げないでくれよ」

「そうでは無くてよ。新の勇気と私が醸し出す希望が有れば、何事も上手く行くのでは無いでしょうか」

「勇気と希望か~。じゃぁ、それを確かめに金色世界に戻るとするか」

「ええ、みなも待ち兼ねて居る事でしょう」




 二人はヨミの入口を迂回して金色世界へと向かった。


「司、眼を開けても良いよ」

「ウワァ~、眩いばかりの星がこんなにも~」


「娑婆世界に行く時は目を閉じてたろ」

「ええ、なんだか慣れなくて。それに、少し怖かったから~」

「無理もないよ。僕も最初はそうだったから。数多の星に魂が吸い込まれて行きそうで堪らなかった事を覚えて居るよ」

「ホントですわね。・・・何処まで続いて居るのかしら?」

「前にも言わなかったかい。爺さんも言ってただろう。ここらは無始無終の世界なんだ。だから、初めも無ければ終わりも無いんだ」


「今一つ、そこの所が解せないんだけど~」

「そうだろうね。増して、司は地上の生活しか覚えて居ないんだから~」

「どう云う事?」

「大抵の人間の感覚は生まれては死ぬという仮の現実に縛られて、生命の本質を見失ってしまっている」

「余計に、分からなくてよ」

「ほら、見てごらん」

「えっ、何を?」


「そこらに繭(まゆ)の形をした霞(かすみ)がかったモノがぼんやりと見えないかい」

「ホントだ。星の光が眩しくて見えずに居たみたい」

「あれが死後の生命の魂なんだよ」

「えっ、一体、どう云う事なの?」

「分かるかな、みんな宇宙に冥伏してるんだ。死ぬ間際の思いを抱えたままね」

「私も死んだらあの様に~」

「そう云う事に成るだろうな。よく、眼を凝らして見てごらん。それぞれに違いが感じられないかい」

「どうだろう?」



「あっ、ホントだ。穏やかに眠っている魂も有れば、苦しそうにもがいて居る魂もあるわ」

「だろう。天国や地獄と言っても、何処か特別な所に有るんじゃなくて、自分の魂、心の中に在るんだよ。

 生きている時に地獄の様な苦しみを抱いて居れば、あんな風に未だにその苦しみに喘(あえ)いでいる」

「いつまで、あんな風にして居るの?」

「自身の過去永遠劫(おんのごう)の行いから醸し出される縁に寄って、時至れば、地上に生命として現れて来る。

 でも、人間としてとは限らない。

 生命が人間として地上に現れて来る可能性は極めて低いんだ。

 だから、折角、人間として生まれて来たからには、その行いを正して生きる事が肝要に成る。でないと、あんな風に苦しい思いを抱いたまま宇宙に漂って居なければ成らなくなる」

「何かしら、恐れを感じてしまいますわ」

「そんな事はないんだよ。本来なら、元生まれ出(い)で来た宇宙の大海原に抱えられ健(すこ)やかな眠りに、ほら、あんな風にして居られるんだよ」

「私もあんな風にして居られたら良いな~」

「自分のことは分からないけど、司なら大丈夫だと思うよ」

「どうして、新にそれが分って?」

「何となくだよ~」

「頼りない大丈夫なのですね」

「そうだよね。・・・ほら、もうすぐ、金色世界に辿り着くよ。しばらく、静かに目を閉じていて・・・それに、しっかり僕の手を握って居てね」


「分ってよ。・・・新」

「な~に」

「何故かしら、あなたが頼もしく見えてよ」

「こんなコソ泥がか?」

「これからは、私と一緒に正しく生きるんでしょ」

「どうかな。それも、司次第だと思えるけど~」

「分かったわ。二度と新をコソ泥にしないから、そのつもりで居てね~」

「はい、はい、分かりました。その様に努めます」

「また、生返事して~。忘れないでね、私にはあの呪文が有る事を~」

「おい、おい、今ここで、それは止めてくれよな。どうなるか分かっちゃ居ないんだから」

「ふ、ふっ。脅して見ただけ」

「この~」



 





 







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