第8話 司一行の宮殿入り

「新、起きなさい」

「ん~ん。ムニャムニャ」

「起きなさいってば!」

「ムニャムニャ」

「仕方ないわね。むち打ち!水攻め!磔(はりつけ)!!」

「ウワオー!」


「これを言わないとダメなのかしら?」


「司、ここは?」

「自分で連れて来て置いて、それは無いでしょ。私の寝室です」

「たまに、ミスる事も有るので」

「案外、当てに成らないモノなのね」

「お屋敷の中だから問題はないでしょう」

「それはそうと、間もなくキラリたちが来てよ」


 新は何やら探しているのか、辺りをキョロキョロしている。


「どうしたの」

「キラリたちへの土産は?」

「それなら、ここに」

「あ~、良かった」

「そんなにキラリが気に成るの?」

「誰にでも有るでしょ、苦手なタイプって」


「それって、私の事!」

 いつでも、どこでも、神出鬼没のキラリであるからして~。

 新はじりじりと壁際へと後ずさりしている。


 司はその仕草に微笑みながら、

「キラリ、ヒラリ。お待たせ」

「はい、お嬢様、ご無事で何よりです」

「ヒラリったら、ここしばらく、ろくに眠って居なかったのですよ。自分がお傍に付いて行けなかったからって、しょげてしまって。それもこれも、新、あなたのせいでしょ」

「すいません。まだ、初心者マークなので~」

「一体、何のことを言ってるの。経験が不足してるってことなの?」

「今の所、同時に三人となると、些(いささ)か荷が重いと云いますか~」

「この先、大丈夫なのかな」


 司が助け船を出した。

「そうでもなくてよ。その他にも、色んな能力を持って居るのですよ、ねぇ、新」

「そっちの方は、まだ試行錯誤と言った所ですけど~」


 キラリは新を睨みつけながら、

「まぁ、期待はしてないけど。・・・それにしても、お嬢様、そのいでたちは?」

「新の国のモノよ」

「えっ、ヨミの世界へ行かれたのでは?」

「その事は後で、皆の前で説明します」

「そのスカート、丈が短すぎるのでは、おみ足がチラついて居ます。胸の辺りも露出が過ぎるのでは?」

「新の好みだそうです」

「また、新ですか」


「そうそう、新があなた達にって・・・、ほら、お土産ですよ」

 司はテーブルの上のバッグに眼をやった。


 しょげていたヒラリの顔に光が差した。

「まぁ、何でしょう?」

「新の国の女性が肌につけて居るモノです」


「どうせ、大したモノでは~」

 キラリから点数を稼ぐのは難しいようだ。


 司が悦に入った表情で、

「開けてごらん」


 テーブルへとキラリ姉妹は近づいた。

 真っ先に、キラリがジッパーを開いた。

 その一つを取り出し、

「これって?」

「女性の胸当てです」

「お嬢様もこれを」

「ええ、重宝してますよ。駆けるにしても胸の辺りが落ち着いて居てね」

「そうですか」


 キラリはそう言ってすぐさま新に目を向けた。

「あなた、いつまでここに居るつもり!」

「分かりましたよ。自分の部屋に戻ればいいんでしょ。せっかく、土産を持ってきたのにお礼の一言も~」

「何か言って!」

 

 キラリは直ぐにでも新を司の寝室から追い出したい様である。


「それじゃ、司~と、司の宮様。僕はこの辺で」


 新の視線が司へと注がれた。

 司もそれに応えた。やはり、その瞳には親しみが込められて居る。

 無理もない。

 夢の回廊を駆け抜け、娑婆世界、ヨミの世界の入口へと、行動を共にして来たのだから、この屋敷を出る前とは違って居ても可笑しくはない。

 加えて、司は『希望』、新は『勇気』と互いの胸の内で認め合い、これから共に先の読めぬ宮殿へと挑むのであるからして。


 キラリが二人の様子の変化に気付かない筈が無い。


『なにかしら、変?』



 新が司の寝室を出て行くと、

 眼の色を変えたキラリが、

「ヒラリ、新が部屋に戻ったか確認をして」

「えっ、何で、お姉さま?」

「良いから、早く。それから、扉に鍵を掛けてね」

「???」



「お姉さま、新は自室に戻ったようです。鍵も掛けました」

「そう、なら良いわ。さぁ、始めましょうか」


 司が怪訝そうな顔で、

「何を始めると言うの?」


 キラリは好みのブラジャーを手にして、

「これの試着会ですわ。お嬢様も良ければご一緒に」

「まぁ、あれだけ、新をつっけっどんにして置いて、キラリったら~」

「それとこれは違いましてよ。ほら、ヒラリも早く」

「わぁ~、楽しそう。私、これが~」

「地味な色ね。殿方を引き付けるには、やっぱり、燃える様な赤が良くてよ」

「キラリったら、随分、大胆なモノを~。それって、透けているでしょ」

「お嬢様も早く選んでください」

「いやだ、お姉さま、早い者勝ちって事ですか?」

「つべこべ言わずに~」


 どうやら、司の寝室での騒ぎはしばらく収まり様がないようだ。

 名残惜しくも有るが、ここは退室をした方が良いかと。


 ほら、聞こえて来ませんか?


『キャー』

『嫌だ、恥ずかしくてよ』

『それはダメ』

『だって』

『サイズが違っていてよ』

『直ぐに追いつくから~』

『もう、あなた達ったら~』




 その夜の事で有る。

 屋敷内の主だった人々が広間に集っていた。


 奥様が口火を切った。

「では、司。あちらでの様子をみなに伝えて下さい」


 司は言葉を選んで話し始めた。

 八葉蓮華の小太刀や、ヨミの世界の入口でのやり取りは語るのを控えた。

 それらの事は後に、奥様など状況を掌握して居る者に伝えるのだろう。



 誰もが、それこそ、夢物語を聞いて居る様な面持ちで居る。

 時折、


『へぇ~』『ふ~ん』『まさか?』


等の声が漏れた。


 しだいに、片隅に控えていた新を見つめる目に変化が現れて来た。

 得体の知れぬコソ泥への関心が深まって行きつつあるようだ。



 あらましを話し終えた司は、

「今夜はここまで、又、機会が有ればその時に」


と言って場を収めた。



 使用人たちは名残惜しそうに広間を後にした。

 残ったのは、奥様、司、キラリ、ヒラリ、新とサドである。


「司」

「はい、叔母様」

「もう少し、身振り手振りを交えて、抑揚も計りながら話をするように」

「分かりました」


 後に皇帝となるもの、そのスピーチの良し悪しに気を配らねばならない。

 人の心を掴む難しさを常々司に言い聞かせていた奥様である。

 間もなくこの屋敷を去る司への最後の戒めであろうか。



 面々は広間から奥様の部屋へと場を移した。


 まず、新が中央のテーブルに八葉蓮華の小太刀とその覚書を置いた。

 司がすぐさまその謂(いわ)れを語った。


 聞き終えた奥様は、

「なるほど、私達には思いも及ばなかった話ですね」


 サドが続けた。

「点と点が、俄かに繋がりを帯びてきたような気がします」

「そうですね。ところで、新!」

「はい」

「お父様の事は気がかりでしょうが、宮廷では無暗な行動は控えなさいよ、分かって」

「えっ、あっ、はい」

「何、その生返事は!」

「はい、その様に努めます」

「司もその事を十分に弁(わきま)えて行動する様に」

「はい、叔母様」

「改めて言い置きます。キラリ、ヒラリ、サド、それに新。司のことをよろしくお願いします」


 珍しく、奥様は彼らに向って首(こうべ)を垂れた。


 サドがすぐさま。

「奥様、頭をお上げください。私たちは身を粉にしてお嬢様をお守りして参ります」

「くれぐれも、頼みますよ。特に、新。盗み癖を起こさない様にね」

「はい、そっちの方はしばらく封印しようかと」

「見上げた心構えですね。しかと、この胸に仕舞い置きましたからね」

「はい、ねぇ、司・・・の宮様」


 新が司に眼をやると、阿吽の呼吸で司が微笑を返した。


 それを見据えた奥様が怪訝の色を微かに浮かべた。

 サドがすぐさま小声で、

「大丈夫です。私がしっかり二人を気遣いますから」

「サド、相変わらずですね、その心配り」

「恐れ入ります」


 奥様の訝りは司と新とが必要以上に距離を縮める事で有った。

 幾ら深い縁(えにし)が有ったとしても、皇帝いや正しくは女帝に成ろうとしている司と、世界も身分も異なる新が睦逢うなどもっての外で有ったに違いない。


 さて、それぞれが自室へと向かい始めた。

と、新がサドを呼び止めた。


「サドさん、こちらにこの様な葉っぱが有りますか?」

 新は蓼の葉っぱをサドに見せた。


「ん~と、これは」

「蓼の葉っぱです」

「そう云えば宮殿に行ったおりに、このようなモノを見かけた様な~」

「えっ、何処でですか?」

「さぁ~済まない。今は思い出せないようだ。これが入用なのか?」

「はい、これをかじれば夢を見ないで済むんです」

「なるほど、そう云う事か。その方面に詳しい者に調べさせよう」

「お願いします」

「承知した」




 別れの朝が来た。

 門前には数台の車が列をなしている。


「叔母様、行ってまいります」

「体に気を付けて、今まで学んだ事を余さず見せつけて来なさい。何といっても正統の血筋なのですから、気兼ねをするには及びません」

「はい、分かりました。・・・これまで」

「よしなさい。湿っぽいのは好みません」

「そうでしたわね。きっと、叔母様の期待に添ってみせます」

「その意気です。新!」

「はい、奥様」

「くれぐれも、司の事を頼みますよ」

「心配には及びません。片時も宮様から離れません」

「ん?」

「いや~、そう云う意味では無くて。参ったなぁ~」


 名残が尽きないのは誰しもである。

 増してや、奥様は司を我が子の様に育てて来たのだ。

 時に厳しくも有り、時にかいがいしくも有り、言い尽くせない感情が叔母と姪の間に溢れているに違いない。





「サド、何故裏門から?」

「はい、司様は未だ公の立場では在りませんから」

「そう云う事なのね」

「はい」



 司たち一行は物静かに裏門を過ぎ、宮殿の一角へと辿り着いた。


「あ~ぁ、肩が凝った。僕たちを見る目に異様な者を感じませんでしたか?」

「新もそう思いましたか」

「はい、俗に云う所の『招かねざる客』と言った所かな」


 サドが口を挟んだ。

「みながそうでは有りません。カヤ族の息が掛かった連中もかなりいます。それに、今は申し上げられませんが、力強いお見方もいます」

「叔母さまから、それと無く聞かされて居ます。いずれ、その方にもお会いできるのでしょう」

「はい、その様に成ろうかと。しばらくは、様子見となります」

「ええ」


 司たち一行は、これと言った歓迎の演出もないまま、まるで、人目を避けるかのように宮殿入りを果たした。

 いくら公に知らしめて居ないとは言え、先帝の娘に対して余りと言う他ない。

 司の宮は、既に、権勢争いの渦に飲み込まれていたのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る