煽り運転されるとどうなるのか?
「ああ、今日も涼しい風が吹いてる。この時間に通勤しててよかった〜」
ユナは法定速度を守って箒に乗っている。しかし、そんなユナの横を急ブレーキしながら中年の魔法使いが通り過ぎる。
「なかなか綺麗な顔してるな、姉ちゃん。ちょっとそこどいてくれねえか?」
「えぇっ!ちょっと、やめてください!てかちゃんとルール守ってよ!」
「うっせぇ!俺が退けと言ったら退くべきだろ!」
そのままその魔法使いはスレスレで近づいてくる。当然ながら不快な気持ちになったユナは、嫌な顔をしながら煽り運転魔を避けようとする。5分ほど煽り運転が続いたのち、奴はどこかに飛び去った。
仕事から帰った後、ユナはメリヤとレイがいる101号室に相談しに来ていた。
「ほう。それで何が起こったんだ?ユナ」
「あたしが魔女ってことは知ってるよね?」
「はい、メリヤも妖精ですので魔女とか言われても疑いません」「そりゃあ、このアパートには異能力者しかいないからな」
メリヤとレイがそれぞれの言葉と仕草で頷く。
「あたしが仕事場に行こうとして箒に乗ってる時に、別の魔法使いが高速でこっちに寄ってきて、私の周りで急ブレーキをしてきたり、あたしにぶつかるスレスレのところまで近くで並走してきたりしたの」
「しかもその魔法使い、死ぬほど口が悪くてあたしに向かって当たり散らかしてきて……それで私、いつも通りびっくりしちゃった」
「おいユナ、それ煽り運転だぞ」
「えぇっ!?あ、煽り運転!?まさか煽り運転されるなんて……そんな」
レイは冷静に言っているつもりであるが、実は内心魔女の世界でもそんなことがあるのかと引き気味だった。
「てか、一見妄言にしか聞こえないような非現実極まりないお前ら魔女にもそんな現実的な問題あるんだな……なんか親近感湧いたわ」
「もちろん。あたし、自慢じゃ無いけど、こんなのも持ってるからね」
そう言ってユナは右ポケットからカードを取り出す。それは車のゴールド免許のようだったが、少しデザインと書かれていることが違った。
メリヤとレイはそれを見るや否や、これは何かと疑問に思った。
「あの、これって……」
「箒のゴールド免許。実は箒って基礎的な魔法じゃないの。普通の人で言う車とかバイクみたいなもので、乗るには免許証が必要なの。あといろいろ交通ルールとかあって……」
(そんな生々しいこと言うなよ……)
「あの、そういえばなんですけど、その問題メリヤたちに解決させてもらえないですかね?」
「あー、割と難しいかもしれない。箒って二人乗りしちゃいけなくて、そう言う場合あなたたちが箒の免許を取って私に尾行しないといけない。でも今から魔法を勉強して箒免許を手に入れるってことすると時間がかかりすぎるじゃない?」
「てかメリヤ、お前箒いらないだろ。翅で飛べるじゃねえか」
「それは無理ですね。メリヤはカイコガの妖精です。カイコガは飛べませんから」
「えぇっ!カイコガって飛べないの?じゃあ無理か……」
落ち込むユナを見て、メリヤは咄嗟にフォローする。
「そんなに落胆しないでください、ユナさん。メリヤでも話に乗ることはできますよ。なにかその人の特徴とか知りませんか?」
「あー、それならある程度わかるかも。年齢は30代後半くらいで、性別は男性……魔法使いだったはず」
「なるほど。その人はどこに向かっていましたか?いつ出会いましたか?あ、答えられないなら答えなくていいですよ」
「あ、えーっと……いつも通勤中に遭遇する。それと、あたしと途中まで同じ道を行った後、どこかに行ってそれ以降の行く道はわからないわ」
申し訳なさそうな顔でそういうユナに対し、メリヤは一つ提案をする。
「ユナさん、魔力量はどれくらいなんですか?」
「1年前に測った時の魔力指数は481だったけど……」
「まあゴールド免許証を持ってるくらいの魔女ならそれくらいの魔力量はありますよね」
メリヤはうんうんと頷きながらメモにユナの魔力量について記す。
1つ補足しておくと、魔力指数とは平均的な魔法を習っていない一般人の魔力を100とした上で、その人物が持つ魔力量を表す数値である。
努力や技術による研鑽である程度は上昇するが、一般人の魔力量は生涯を費やしても1.25倍になるのが関の山である。
大体歴史に名を残せる魔法使いの最低ラインが『450』。現在存命中の魔法使いの中で最も高い魔力を持つ者の魔力が『529』。すなわち、ユナの『481』とは一般人の中ではトップクラスの魔力量である。
「でもユナさんの勤務先の企業って魔法に関するところじゃないですよね?なんで普通の会社に勤めているんですか?そんなに魔力を持っているのに……」
「あたし、魔力量は高いけどコントロールが苦手だから。メリヤちゃんも知ってると思うけど、魔力の制御は集中と感情に左右される。だから驚いてばかりのあたしは、すぐに集中が切れて魔力の操作に失敗する」
「そうなんですか……」
「メリヤちゃんは分かってくれるかしら?まあ妖精だからある程度は理解できると思うけど……」
「……あんまり気にしてませんでしたよ、そんなこと」
「えぇぇぇっ!?」
確実に共感してもらえるだろう期待を裏切られたので、大きな声を出しながら目と口をかなり大きく開けてしまう。
「ああ、またびっくりしちゃった……だから高等魔法が使えないんだ……だからいまだに2級魔法使いの資格をもらえないんだ……あたしってダメだな……こんなんだからおばあちゃんががっかりするんだ……」
「落ち込んでばかりじゃダメですよ、ユナさん!元気出してください!」
ただ、メリヤもユナが自分で対処できない理屈はわかる。『人間サイズのもの』を『捕縛する魔法』を『箒に乗りながら』使うには、相当なテクニックが必要だからだ。
「とりあえずメリヤは煽り運転が起きた時の対処法を調べておきますね」
そう言いながらメリヤはレイから借りたスマホで、煽り運転の対処法を検索する。
箒の煽り運転に対する対処法はよくわからなかったが、少なくとも自動車の煽り運転に関しては、「事故が起きないような場所に避難し、車外に出ず110番通報をする」のがいいらしい。
「ユナさんユナさん!今調べ終わりましたよ!どうやら事故が起きない場所まで行って、そこで110番っていうのに通報すればいいみたいです」
「なるほど、そうなのね。じゃあ、明日やってみることにする」
とりあえずここでユナとメリヤの話は終わった。
翌朝になってユナがまた通勤していると、いつものように法定速度を守っていない出力で、例の男が近寄ってきた。
「おおっ、また姉ちゃんがいるじゃねえか!いい加減俺になびいてくれよ。おいおいおいおいおい……」
箒を下に向けて、近くの駐車場に急降下して止まるユナ。そして、スマートフォンを直ちに取り出した。
「あー、もしもし、警察の方々ですか?今さっき煽り運転されたので逮捕してください」
『わかりました!直ちにそこに伺います!』
ユナがそのままもう一度箒に魔力を流して空に上ると、今度は別の女性にその魔法使いが煽り運転しているところが見えた。それに向かって警察の使う無数の白い箒が群がり、その男に向かって網状の拘束魔法を飛ばして捕獲した。
しばらくすると、警察の一人がユナの方に向かって礼を言いにきた。
「この度は煽り運転の逮捕にご協力いただき誠に感謝する」
「いえいえ、私はただ自分が法に反すると思ったから通報しただけですよ!感謝すべきは私の方です!」
ユナは丁寧に返事してから、急いで勤務先の会社に向かった。
アパートに帰ってきた後、ユナはメリヤとレイの部屋に入った。
「メリヤさん、レイさん。この度は協力してくれてありがとう」
「いえいえ、メリヤは可愛い可愛いユナさんのためを思って対策法を探しただけです。人間さんも犬や猫が困っていたら助けたくなりますよね?何度でも言いますが、メリヤは人間さんが犬や猫に向ける感情と同じものを人間さんに向けているだけですので!」
「で、でも……あたしに向かって煽り運転をしてた人も人間なのはわかってる?その人のことはまさか憎く思ってたりするの?」
「いえ、そんなことはありません。煽り運転くらいの罪なら、人間さんなら償えると信じてます。それに、そんな人間さんが目の前に現れても私なら許せます。何度間違っても最後には正しい道を歩む。それが人間さんですから!」
「あなたがそんなことを思ってるのはわかった。でもメリヤさん、あたしだって間違えることがある。それに関してはどう思ってるの?」
「それに関しては……人間さんの中でも皆さんが特別だからです。人間さんも犬や猫を個体関係なく可愛がりますけど、自分のペットが一番可愛いじゃないですか」
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