効率的なストレスの解消法

「おい、氷室。今日オレが作りすぎて分けたシチューの付け合わせのサラダのトマト残して捨てただろ!」


今日、いつものように、いや、いつも以上にシュウヤはイライラしていた。


「そうだよ。あんな青臭くて酸っぱくてグチャグチャしてる不味いもん食えるわけないだろ。てか、なんでわかったんだ?」


「オレがゴミ出そうとしてたらそのゴミの中にトマトが入ってるの見たんだよ!折角作ってくれたってのに失礼だと思わねえのか?ああ!?」


「トマトなんかソースかケチャップにして出せばいいのに。生で提供する意味あるのか?あんな食材」


「そんなことすると栄養価が変化したり失われたりするんだよ!てかんなことトマト農家が聞いたらお前ぶん殴られるぞ」


この後シュウヤは10分以上かけてレイを説教すると、怒りながら部屋を出る。その際、ドアを勢いよくサイコキネシスで閉めて大きな音をのこしていった。


こんなことするぐらいならテレポートで帰った方が早いのに、こんなことをわざわざするなんて相当怒ってるんだな、とレイは直感で感じた。


その時メリヤは別の人の部屋(具体的にはナオカの部屋)にいたため、そのことを知らなかった。あとで戻ってレイに何があったのか聞くと、そこでレイからこの事実を知った。


「えーっと、シュウヤさんは怒っているんですね?」


「ああ、シュウヤは怒ってる。元凶は俺がサラダについていたトマトを残してゴミ箱に捨てたことだ。ぶっちゃけ生でトマトなんか出してくる向こうにも問題があるけどな。シチューにしてたんだから、煮込む時のソースに使ってくれればよかったものを」

「ちなみにシチューの方は美味しかったぞ。シュウヤは料理自体は得意だからな」


レイの話によると、シュウヤは割とこういうことにはうるさい人間らしく、実際本人も朝5時半に起きて夜9時半に起きる生活をしている。また、自炊したりジョギングしたりと健康的な生活を営んでいる。


レイも自分のためを思って料理を出してくれたことには感謝しているが、こういうところで怒られると面倒らしい。


「そこまで健康的な生活を送っているのに、ストレスを抱えてるなんて勿体無いです……ストレスも体に悪いんですよ?メリヤ、シュウヤさんのことを思って頑張ってなんとかしてあげます!」


「ああ、頼んだぞ、メリヤ」


そのままレイはメリヤのことを見送った。数秒後、メリヤはシュウヤの部屋のドアを開けた。


「あっ、シュウヤさん!この度は魚の目玉を嫌悪感がなくなるまで料理していただきありがとうございます!キョウカさんはあの後怪異に追われなくなりましたよ!」


メリヤはここでシュウヤを怒らせないように感謝の意を伝える。シュウヤも代わりにケーイチが目玉を食べたことには気づいていないか、気にしていないようだ。一応、メリヤも事実をそれとなく省略しているだけで嘘はついていない。


「そっか。ならいい」


「はい!それと、今ストレスたまってますよね?なので頭ナデナデとかさせていただいても——」


メリヤがそう言って近づこうとすると、シュウヤはテレポートでそれを回避し、後ろからメリヤをサイコキネシスで物体を遠隔操作し殴った。


「おい、そんなことして許されるわけねえだろ!この変態が!」


(メリヤは人間さんに性欲とか抱いてないんですけどね……人間さんだって犬や猫をそういう目で見ないじゃないですか)


一つ目のプランが失敗したメリヤは、続いてレイから借りたスマホから音楽を流す。


聞くとどこか心が癒えてくる音楽で、自然の女神に優しく抱擁されているような気がしてくる曲でもある。


「さあ、ここで深呼吸してください!」


メリヤはシュウヤにより一層落ち着ける場を提供するために、それを促した。シュウヤは言われた通りに深呼吸をする。それが30分ほど続くと、メリヤは音楽を切った。


「シュウヤさん、落ち着けましたか?」


「ああ、ある程度はな。だがようやく波に乗れてきたところで切ってんじゃねえ!ストレス発散はするやつのペースに合わせるべきだろ!そんなこともわかんねえのか!」


「全然落ち着けて無いじゃないですか……まあ、そんなシュウヤさんも可愛いんですけど」


「おい、またオレのことを可愛いって言ったか?変なことを言うのも大概にしろ、メリヤ!」


シュウヤは怒ってメリヤにサイコキネシスで物を投げるが、メリヤはそれをすっと避けた。


「まあまぁ、落ち着いてください、シュウヤさん。ああ、そうですね……『瞑想』なんかどうですか?」


「瞑想?それって青咲がいつもしてるやつだろ?確かにあいつと同じことをすればストレスの解消法としては効率的かもしれないけどな……まあ、オレもちょっとだけやってみるか」


そのままシュウヤは瞑想のポーズをとり、とりあえずスマホでタイマーをセットして15分間何も考えずに落ち着くことにした。メリヤは瞑想の邪魔をしないようにシュウヤから距離をとって見続けることにした。


15分後、シュウヤはストレスが解消されたのか、いつもより数段落ち着いた様子になった。


「はぁ、これでいいか?」


「いいですよ、シュウヤさん!そのままとりあえずもっと落ち着けるように温かいお茶でも——」


そう言ってメリヤはお茶を注ごうとするが、誤ってこぼしてしまった。シュウヤはまた、怒ってメリヤにサイコキネシスで本を投げる。当然メリヤには避けられた。


「何溢してんだよテメェ!おかげでまた頭に血が上ったじゃねえか!」


「あ、シュウヤさんごめんなさい!今から拭きますね」


キッパリと謝罪し、メリヤは床をさっさと拭き取り、すぐに代わりのお茶を注いでシュウヤに飲ませた。しかし、ここでメリヤの脳内に電流と疑問が走る。


シュウヤが健康に気を使った暮らしをしているのに、なぜここまでストレスが溜まっているのだろうか?とても不思議でならなくなった。


「あ、あのシュウヤさん」


「なんだよ、メリヤ?」


「なんでここまで健康的に暮らそうとしているのに、ストレスがずっと溜まり続けてキレやすいんですか?もし健康的に暮らそうと思ったら自然と怒らないように気をつけるし、怒らなくなると思うんですけど」


鋭いことを指摘されると、シュウヤは下を向いて首を掻きながら、打って変わって落ち込むようなトーンでそれを説明する。


「ああ、それな。健康的に暮らそうとしてるのに制御できなくてストレスが溜まりやすいんじゃない。すぐキレるような性格をしてるからできる限り健康面で負荷のない暮らしを望んでるんだ」


「と、いうと?」


「もともとオレもここまで規則正しい性格を送ってたわけじゃねえ。誰にだってガキの頃はあるからな。だけど、やたらと病気になったりその他の原因で体を壊したりしやすかった。いつも医者はストレスによって体に負荷をかけすぎてるからだって言ってた。だからこうなったんだ」


「なるほど?」


「最初はお前の言うとおり、オレも健康に気をつけて生活を続ければ怒りっぽい性格が治ると思ってたよ。でもそんな効果はなかった。健康に生きるようにこだわって乱れに厳しくなったり、いろいろ我慢したせいでストレスを抱え込むようになったのかもしれねぇ。オレ自身が医者なわけじゃねぇから正確なことは知らねえがな」


メリヤはそう言ってシュウヤのことを少しかわいそうに思った。しかし、ここで下手に哀れむと流石に逆ギレしそうなのでやめておいた。


「なあ、オレもどうにかしたいと思ってる。何か方法とかないか?」


「んーと、それなら好きなことを楽しむのはどうですか?確かシュウヤさん、肉料理と読書が好きでしたよね?なら今日はステーキを食べてみたり、気になっていた本をたくさん買って貯めておくのはどうでしょう?」


「メリヤ、お前なかなかいいことを言うじゃねえか!確かにそう言うことのやりすぎは健康とか経済的に考えるとよくねぇけど、健康に気を使いすぎて色々精神的にキツかったのかもしれねぇ。よし、やってみるか」


シュウヤはそのままメリヤに言われたことを実践してみることにして、まず貯金箱を浮かせて振り、落とすことで貯金を全部確認した。幸い、シュウヤはバイトなどで貯めた貯金が結構溜まっていたのでそこそこの肉が買えたし、本も割と多く購入することができた。そして、そんなシュウヤはとても幸せそうだった。


「……ということで、今日のメリヤはシュウヤさんの問題をどうにかしてあげたんですよ〜」


「確かに割とストレスを解消する手段としては間違ってないかもしれないな。だが……」


「ん?なんですかレイさん」


「お前が洗脳使えばよかっただろ」


「あ」


そのままメリヤは自分が能力を忘れていたことに辟易とするのだった。

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