2-5
疲れた。
今日の報酬を手渡された瞬間、全身の力が抜けるようだった。
店から出て最寄り駅までつくまでの間、見慣れたネオン街の煌びやかな光景を目にしながらイヤホンを耳に挿す。
今日は事前予約なしだったが、シフト終了一時間前に飛び込みで入った予約で貧乏くじを引いてしまった。
実は先日から少し体調を崩しており、バックプレイはできないという旨を店舗経由で伝えていたのだが、今日の客はそれでも執拗に「でも一応はできるんでしょ?」とバックプレイを強要されそうになった。それでも営業スマイルを崩さずに最後までバックなしでプレイを行った自分を誰かに称えてほしい。率直にそう思った。
プレイ中も嫌なことがあったが、まあそれはいい。きっと誰からも共感はされないだろう。極めつけは、事後に「なんで君こんな仕事してるの?」と聞かれたときだった。面倒になって「なんででしょうね」とぶっきらぼうに答えると急に怒りだし、罵詈雑言を捲し立てられた。
幸い、近くの部屋で清掃作業をしていたハジメさんに仲裁してもらい、やり取りを聞く中で僕の非がないことがわかると、オーナーも僕を叱ることはなかった。
「気をつけなさい」
オーナーは常に不機嫌ではあるものの、トラブルに巻き込まれた、特に若い在籍のボーイ相手に対してだけは優しくなる。その様子はまるで学校の先生かのようにも思えた。
後からその客は別の店舗でも問題行動を起こしていたらしいことを聞き、しばらくしてうちの店も出禁になった。
風俗という仕事をしていると、こういう「ちょっとしたトラブル」は多くある。この二年の中で僕自身が出会ったお客さんはそこまで多くはないが、店全体でみるとまあまあなペースで頻発している。そしてそれは恐らくこの性風俗産業というものが孕んでいる問題なのだろうと思う。
「危ない仕事」
そう聞いて思い浮かべるのは工事現場だったり、もしくは闇社会のものだったり、人によってそれぞれだと思う。しかし、その「危ない仕事」の中にどれだけの人がゲイ風俗業を上げるだろうか。
客からの暴力や、不治の性病に怯えながら生活している僕たちのような人間にまなざしを向ける人間は一体どれほどいるのだろうか。
「夢の国」
そんな場所で働く人間に、彼らは関心を向けてくれるのだろうか。
そんなことを考えながらスマホを取り出し、safariを開く。
『理想郷』
検索欄に打ち込む。
関連項目の一番上に「ユートピア」を解説した記事が出てくる。
『素晴らしく良い場所であるがどこにもない場所の意。人間の個性を否定した非人間的な管理社会。アルカディア(理想郷)との違いに注意。』
記事に書かれたその文字列を読んで思わず苦笑する。
人として扱われない、素晴らしく「良い」場所。
「アルカディア」なんて大層な名前がついているが、ここはこの記事の言う「ユートピア」そのものだ。
その時ふと自分を一人の人間として扱ってくれた「タカフミさん」を思い出した。全ての客が彼のようであればいいのにと強く思った。
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