2-4
「ツバサくんは最近どう?」
控え室に戻るとソファの上で寝ているヒカルに話しかけられ、少し驚く。一度電源が切れると再起動まで時間かかるんだよね、と前にも寝転がりながら言われた経験があった。僕も自分から話をするタイプではないので、ヒカルから話を振られるとは思っていなかった。
「最近?ああ、なんかイケメンに指名された」
「マジ?いいじゃん、キモいおじさんより断然マシ」
スマホから目を離さないままいつもの軽い調子でヒカルは答える。
でも、とヒカルは続ける。
「若いとそれはそれで嫌じゃない?」
「どういう意味?」
「なんか自分と比べちゃってさ」
「ああ」
先日の「タカフミさん」を思い出す。東京体育館で見た「飛田鷹史」と「タカフミさん」が本当に同一人物だったとしたら。彼とは三歳差だ。彼が僕の年の頃にはどこかで熱心にバレーボールに励んでいたに違いない。
「それは確かに嫌かも」
「でしょ」
ヒカルは負けちゃった、とスマホを放り出し、上体を上げる。
「でもまあそんなのもう慣れたけどね」
とこちらを見ながらヒカルは言った。何か含みのある言い方だなと思った。
「早く昼の仕事できるようになりたいよ」
僕は軽く笑いながらそう言う。
「どうして?」
ヒカルが首を傾げる。
「どうして、って。嫌じゃん。この仕事」
「俺はそこまで嫌じゃないけどね」
「嘘」
「だって俺セックスするの好きだもん」
その発言を聞いて僕の表情が少し変わったことに気づいてか、ヒカルは言った。
「引いた?」
今度は何も言えなかった。
その後、ヒカルは「出張行ってくる」と言い残し、店を後にした。
その入れ替わりで、ハジメさんが出勤してきた。
「ツバサおはよう。今日は早いね」
「今日は他にすることなかったんで」
「そういえばツバサってここ以外に何か仕事してたっけ?」
「いや、基本ここ一本ですね。たまに日雇いで色々やったりしますけど」
「それ結構大変じゃない?」
まあ、と曖昧に笑って誤魔化す。
結構、というよりかなり大変だ。僕はこの店でそこまでたくさん売れているわけではない。在籍期間がほぼ同じヒカルと比べられることもよくあるが、その度に内心苦虫を嚙みつぶしたようになってしまうこともある。
昼の仕事を始めようにも、高校を出てから職歴も学歴もない自分ができる仕事などたかが知れており、それならばと開き直って週四日ほどのペースでアルカディアに出勤している。お茶を引いているうちにシフトが終わる日もザラだが、週四日以上のペースで出勤しているボーイはそこまで多くはない。そのおかげで毎日の指名はもらえずともどうにか生活自体はできている。
「ハジメさんこそ、他に何かやってないんですか?」
「私?私は在宅で出来る簡単な仕事やってるだけだよ」
これ以上は聞いてくれるな、といった風に返される。
「まあ、それだけじゃ足りないからここ来てんだけどね」
「お互い大変ですね」
大変だねぇ、と笑いながらハジメさんは奥の部屋にいるオーナーへ挨拶しに行った。
いつも思う。僕のような社会に居場所のない人間の居場所はどこにあるのかと。
恐らく答えはここのような場所だ。
前にSNSで「風俗は福祉だ」という投稿が炎上していた。
要は昼の仕事が出来ない人間たちのセーフティネットだと言いたかったのだと思う。僕はその発言を肯定はしないが否定もしない。実際に僕はここ以外の仕事はこれまで1つも長続きした事がなかった。他人とのコミュニケーションが苦手で、要領が悪い。そんな人間ができる仕事など、ほとんど無きに等しい。きっとそういう人間達は僕の他にも沢山いるだろう。
アルカディア。
理想郷という名前の付いたこの場所が僕にとっての居場所だった。
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