2-3
理想郷の扉を開け、事務所内を見渡すと、思わぬ人物と遭遇した。
「おはよー」
「おはよう」
大胆にも共用スペースであるソファに横になりながらスマホをいじっている、僕と同時期に入店したボーイであるヒカルがそこにいた。
「久しぶりだね」
「そーだね。俺あんま待機しないし、マジで一か月ぶりくらい?」
ヒカルは出勤予定が店のホームページに記載されるたびにすぐに予約が埋まる。系列店の中でも指折りの売れっ子だ。
だから、というわけでもないが、オーナーにも目をかけられており、ちょっとやそっとのことで強く叱られることもない。そうでなかったとしてもヒカルの調子は常に軽い。人に好かれやすいというものなのだろうか。店内ナンバーワンじゃなかったとしても、きっと彼は同じことをする。
「珍しいね、店内待機なんて」
「そーなんだよ。せっかく予約入ってたのにさ。客がドタキャンしやがって。この後にも予約入ってるから中途半端に追加で仕事入れれないし。ほんとクソ」
「うわあ、いやだね、それは」
「でしょー?せっかく早めに仕事切り上げてきたのに。人の時間奪ってる自覚持ってほしいよね」
ヒカルは人当たりは良いが、一度敵対心を持つと攻撃的になる部分があり、僕はちょっと彼が苦手だ。彼に嫌われた新人ボーイがすぐに退店してしまうことも過去に一度あった。流石にその時はオーナーにも叱られていたが。
一年在籍すれば「長い」とされる売り専ボーイという職業に置いて、自分と同じく二年もの間在籍を続けているボーイはヒカルのほかにいない。これ以上になってくるとハジメさんとか顔を合わせたことはない数名のボーイしかおらず、他は大体在籍半年とか一年未満のボーイだらけだ。そしてこの後輩たちはかなりのペースで入れ替わる。これは多分、この店に限った話ではなく、風俗業界全体がそういう形なのだろうと推測する。精神的にも体力的にもきつい仕事だ。ある日突然飛んでしまうのも、理解はできる。
「ま。最近働きすぎてる感はあるから別にいいんだけどね」
そう言ってスマホゲームに興じるヒカルを見ながらふと思い出す。
「ヒカルくんって仕事ほかに何かやってるの?」
「秘密」
「なんだよそれ」
「まあ気が向いたら教えるよ」
誤魔化された。まあ、教えたくないことなら無理に詮索する必要もない。
ヒカルとの雑談を切り上げて奥の部屋へ向かう。今日はいるはずだ。
「オーナー、おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「ん」
パソコンの前に座りながらどこかの有名YouTuberの動画を見ているこの店のオーナー、武蔵野は僕のほうを一瞥することもない。
ゲイ風俗はゴリゴリの男社会であり、上下関係がしっかりと根付いている。最初この店に足を踏み入れた時、どこか異様な感じがしたのを思い出した。
風俗店の店長がいつも何の仕事をしているのかは分からない。だが、新人のボーイがある日突然いなくなるのはこの人のせいでもある気がする。
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