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「人多いだろうとは思ってたけどここまで多いとは思ってなかったな」
自作したのであろう、どこかの高級ブランドと言われても遜色ない綺麗な洋服を着た夢子さんがぼやいた。
僕たちは今東京体育館の前にいる。体育館の近くは人や車でごった返していた。この様子だと僕たちはどうやらかなり運が良かったらしい。
「倍率いくらくらいなんだろうね。セイくんにはマジで感謝しないと」
そう言われ、少しはにかむ。僕はただ名義を貸しただけだが、悪い気持ちはしない。
昨今のバレー人気は凄まじい。少なくとも、スポーツにはあまり興味のない僕にもその情報が入ってくるくらいには。とあるバレー漫画の大ヒットを皮切りに、年に一度の国際大会であるネーションズリーグも注目され、先日行われたパリ五輪でもかなりの盛り上がりを見せたらしい。
「日本って結構強いんだよ」とそのバレー漫画経由でバレーに興味を持ち始めた夢子さんが言っていたのを思い出す。
「僕こそ本当に連れてきてもらってよかったんですか?」
「いいのいいの。一人で行くと終わったとき寂しい気持ちになるから元は飼ってるヒモと行く予定だっただけ」
夢子さんには元バンドマンの現ホストという役満のようなヒモ(彼氏)がいる。抽選販売をペアチケットで応募していたのはこういうことだったらしい。
「でもセイくんがバレー興味あったのはなんか意外だったな。スポーツとかあんまり好きじゃなさそうじゃん?」
「実際そこまでスポーツに興味はないですけど、バレーにはちょっと興味はあって。ルールも一応は漫画読んでたから知ってるし」
「なるほどね。あっ、もしかして好みの顔面でもいた!?」
「夢子さん」
僕に咎められると夢子さんはごめんごめん、と軽い調子で笑う。
それは誰に会話を聞かれているかわからない場所ではあまり言わないほうがいいことだ。一部のファンが選手を「消費」していることが前にネットで話題になっていた。無論、全員が全員そうではないだろう。しかし、誰が好みとか、選手のプレーではなく選手個人に焦点を当てた言い方はあまりしないほうがいい。少なくとも僕はそう思う。まあ、今回僕はバレー選手「飛田鷹史」の実物を確認したかっただけなので人のことを言えたものではないが。
想像よりも広い体育館の中を人流に沿って移動し、チケットに記された座席に座る。
中は熱気で溢れていた。既に選手たちはコートに入ってウォームアップを始めているようだった。
「あっつーい、一応羽織持ってきたけどこれだと必要ないね」
夢子さんが顔を手で仰ぎながら言った。
体育館の構造上、やはり距離的に見やすい席、見づらい席というのはあり、僕たちが座っている席は特に前列というわけでもない中ほどの席だった。近視気味の目には選手一人一人の顔などは少々見づらい。すると、僕が目を細めていることに気づいたのか夢子さんが言った。
「観劇用の双眼鏡もって来たけど使う?」
「いいんですか?」
「私はいらないけど使うかなぁって思って一応持ってきた」
そういえば夢子さんのSNSでたまに2.5次元舞台の感想を画像付きでつぶやいているところを見たことがある。僕と二人の時はあまりそういう話題は出さないが、もしかしたら彼女はかなりのオタクなのかもしれない。
「ちなみに、私の推しはホームの......ここでいえば私たちの手前側だね。セッター空井大河くん。彼すごいんだよ〜」
空井という選手は僕でも知っている。「スカイ」の愛称で知られており、バレー選手としては小柄な体躯が人気バレー漫画の主人公を彷彿とさせ、本人の実力も相まって注目のルーキーとしてメディアに多く取り上げられている。その上美形で、女性ファンも多い。まあ僕の好みではないが。
コートを見ると、双眼鏡を使わずともわかるほど、一人だけ明らかに小柄な選手がいた。もっとも周りの選手が大きすぎるだけで彼自身も175cm前後はあるだろう。しかし、身長がモノを言うバレーという競技で小柄というある種ハンデを持った選手は遠くからでも目立つ。
「空井くん、なんかセイくんに似てるんだよね」
夢子さんが藪から棒にそんなことを言った。
「どこらへんがですか?」
双眼鏡で空井大河を見てみても、特に自分と似ているとは感じなかった。
「目元とか?雰囲気が」
「そうなんですかね、自分じゃわからないです」
「まあそうよね」
その後も双眼鏡で探してみるが、肝心の「飛田鷹史」は見当たらない。そうこうしているうちに場内アナウンスが流れ、試合開始の合図が鳴るところだった。
「はじまるよ」
わくわくを抑えられないといった感じで、夢子さんが声を弾ませながら言った。
試合は先ほどの空井という選手のジャンプサーブで始まった。
空中で静止しているかのようにも思えるその動作は、素人目に見ても美しかった。
そのサーブがサービスエースを取り、場内が一気に湧き上がる。夢子さんも興奮を抑えられず黄色い声を上げている。
試合が始まってからもずっと「飛田鷹史」を探しているが、どうやらコート内にはいないようだった。やはり、他人の空似、見間違いだったのだろうか。そこで思い切って夢子さんに聞いてみることにした。
「あの、飛田鷹史って人どこにいますか?」
「飛田くん?彼、セカンドセッターだからベンチのほうにいると思うよ」
ほらあそこ、と夢子さんが指さすほうを双眼鏡で確認する。
あまり顔ははっきりとは見えなかったが、やはりと言うべきか、記憶の中の「タカフミさん」とは矛盾しなかった。
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