第87話

少し前、涼は肉離れを起こして一時陸上部の練習を休んでいた。いつだってしっかりしている涼がこの時だけはひどく落ち込んでいて……たまには俺が元気づけてやらなきゃってそばにいたけど……。



怪我なんか治らなきゃ良かったのに。そうすりゃずっと涼を独占したままでいられたのに。



「響くん〜、直江さん部活なら、今日は私と帰ろー」


「ああ?触んなブス」


「もぉーひどぉい」



せっかく涼と話していたのに、腕に巻きついてくる女の手を振り払った。ふわりと香るベリー系の制汗剤の香りが気に食わない。


この世界の全てが涼だったらいいのに。優しくて、穏やかで、いつも石鹸のようないい匂いを漂わせてる彼女しかいない世界なら、……俺はもっと上手に生きられるのに。


どいつもこいつも邪な気持ちで寄ってくるやつばかり。好きでもない人から向けられる熱い視線は気持ち悪さしか感じないし、どうせその視線も俺の外側だけを見ているものだ。



気持ち悪い。ほんと、穢れてる。



「俺より部活が大事なら、ずっと走っとけよ」



内側の感情そのままに涼に当たって踵を返したが、すぐに「あ、響」と呼び止められて立ち止まる。



「はい、塩飴」


「……何」


「熱中症予防。ちゃんと水分とって涼しいところいなね」


「……」



俺の母ちゃんかよって突っ込みたくなるほどバカ真面目に俺のことを心配する幼馴染。ムカつくのに嬉しくて、やっぱりもっと構ってほしくて仕方がない。

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