第78話

真剣な瞳は嘘を言っているようには思えなかった。冗談めいたいつもの言い方ではなく、私を勇気づけようと、一生懸命伝えようとしてくれる優しい人。


不思議と頼りたくなる。甘えても受け入れてくれるのではないかという安心感がある。


私、……この人の前なら、守られる側になれるのかも。



……なんて。







「……俺のだ、触んな」


「……っ」





現実逃避が起こした一瞬のまやかし。


この人の手にかかれば、逃げ出したいほど狂おしい底なし沼に一瞬で引き戻される。




後ろから顔を覆われたせいで瀬古さんの顔が見えなくなった。はあはあと荒い息遣いを聞けば、エレベーターが到着した5階まで駆け上がってきたのだと察することができる。


なんでそこまでして……。響にとって私にそんな価値ないでしょう?


私を抱えるように胸の下に回る腕にきゅっと力が籠った。もう意味ないのにそんな小さな挙動にドキッとして、私に残った乙女心なんか全部死んじゃえはいいのにって唇を噛んだ。



「離して、響」


「やだ」


「前、見えないから」


「……見るな、見せんな」



頑なな響が腹立たしい。こんなの瀬古さんに迷惑だし、私に対しても……無神経すぎる。


一発肘でも入れてやろうかと拳を握ったその時、……苦しそうに吐き出された息がブルブルと震えていることに気がついた。



「……俺も見たことない泣き顔、他の男に見せんな」


「は?」


「ヤダ、無理……涼は、ずっと俺と一緒にいてくれるんだろ?」


「……」



縋るように抱き寄せられ、反抗する気も失せてしまった。もうこれは癖だ。私、弱った響にすこぶる弱い。

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