7話 行ってらっしゃいませ

「世話になったな」


 そう言いながら、男は席を立った。男のテーブルにはパンくず1つないほど綺麗に食べられた皿と、乾ききったコーヒーカップが置かれていた。


「お代わりもございますが?」


「いや、もう行く。これ以上ここに居ると椅子に根が張りそうだ」

 

 男は装備を整えると、大扉の方へ向う姿勢を見せた。


 自ら死地に赴く男の背中を見て、引き止めの言葉が出そうになる。しかし、彼の覚悟がどんなものか知らずにその言葉をかけるのは酷く無責任なことだと思い、ぐっと飲みこんだ。その代わりいつも通りの言葉を選ぶことにした。


「行ってらっしゃいませ、またのご来店をお待ちしております」


 男は一瞬ぽかんとした後、硬い表情を軽く緩めて笑った。


 「……はは! それじゃあ、帰ったらお前の店を探すとするか」


 「はい……ではまたどこかで……」


 そんな短い会話を交わした後、男は大扉の奥へ進んで行った。その背中は自信に満ち堂々としたものだった。


 

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