8話 仕事の終わり

 男が行ってから、3時間が経った。使用した食器の片付けはすでに終わり、意味もなくテーブルを磨いたりしていたが、やがて最初に淹れた珈琲に口を付けていた。


 「……不味い」


 冷めたことを差し引いても、どうにも美味しくない。そういえば、自分で淹れた珈琲を飲むのは久しぶりだった。


 ……店を立ち上げた時は毎日味見をして調整をしていたはずなのに、いつしか惰性のまま珈琲を淹れるようになってしまっている。これでは客が来ないのは至極当然とも思えた。


 そして、先ほど感じた懐かしい熱は、あの頃にはあった熱意に似ているのだ。きっと、ここ最近の興味はそれまで仕事へ向けていた熱の埋め合わせを探していただけに過ぎないのだろう……なんとも情けない話だ。


「…………」

 

 男は食事に満足できただろうか?

 男は心置きなく戦えているのだろうか?


 そんなことを考えている最中、突然奥の大扉が開いた。


 中から出てきたのは人ではなく、黒い霧があふれてきた。


「お疲れ様でした、貴方の業務はこれで以上になります」


 霧はそういいながら、再び女性の形態に変わったが、片腕や下半身の一部が欠け、その部分は黒い霧なに覆われてた。よく聞くと声も疲弊しているように感じた。


「……あの人はどうなりました」


「殺しましたよ」


「────そう、ですか」


 彼女が来たという意味は解っていたが、落胆を隠せなかった。


「……貴方が彼の死の責任を負うなんてことはやめてくださいね。貴方が居ても居なくても私と彼が戦うことは変わりません。そして、その責任は挑んだ彼と私だけに許されていることです。奪わないでくださいね」


 その言葉には、これまでの会話にはなかった強い圧が含まれていた。


「にしても、戦いは素晴らしいものでした。これ程追い詰められたのは五十年ぶりといった所でしょう……やはり、精神の休養というものは人にとって大事なんでしょうか?」


「……私には分かりません」


「そうですね、きっと彼にしか分からないでしょう」


 彼女はそう言いながら、小袋を手渡した。中身を確認すると確かに5枚の金貨が入っていた。いつもであれば大喜びしていただろうが、そんな気分にはどうにもなれなかった。


「冒険者がここまでたどり着きそうになりましたら、また頼んでもよろしいでしょうか?」


「断ったら、ここはどうなりますか?」

 

「うーん……代わりの方が見つからない限りは封鎖という感じになりますね」


 私に影響力が無いとしても、死地に赴く人を見送るのは決して気持ちのいいものではない。だが、彼らの最後になるかもしれない食事を良いものにできる可能性があるなら────。


「それなら、また受けたいです」


「そうですか! では、冒険者の方が到達しそうな場合はまた連絡いたします。とはいえ、私のダンジョンを踏破できるレベルの冒険者は1年に一回程度になりますが」


「はい」


「入ってきた扉から出れば元の街に戻れるようにしています。それではまた会いましょう」

 

 軽く会釈を交わしてから、扉を開けて外に出ると確かに寂れた路地に出た。


 カフェの扉を再び開けても、建物の外装と一致したするような空の倉庫があるだけだった。夢でも見ていたかとも思ったが、私の右手には金貨が入った袋が確かに握られていた。





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