5話 ご注文

 男はフルプレートを着たままカウンター席に着いた。先ほど構えていた弓は横の席に立てかけていたが、絶えず腰に下げた剣の柄に手をかけたままだった。


「ご注文は?」


「メニューは無いのか」


「ありません。地上で売っている食品は大体そろっていますので、言っていただければ大抵のものはご用意できます」


「それなら、ブラックコーヒーと塩漬け肉のサンドウィッチでいい」


「豆の種類はどうされますか?」


「種類? 分からんから適当でいい」


「かしこまりました」

 

 短い応答で注文はすんでしまった。こういうお客は自分に店にも度々に来ることがあるが、こちら側としてもとしても気楽でいい。


 軽く会釈をしてから厨房へ向かい、今まで何百回とやってきたいつも通りの方法で珈琲を淹れた。豆のブレンドは自分の店で一番出るものと同じにし、その横に冷蔵室から持ってきた市販の塩漬け肉のサンドイッチを添える。これで私の仕事は終わりだ。


 楽な仕事だ。これで本当に金貨5枚をもらえるなら、ぼろ儲けもいいところだろう。帰れたら、しばらく店を辞めて気ままに過ごそうという俗な余裕さえ生まれてきた。


 帰れたら────。


 ふと、今後の事を想像した。自分の事ではなく珈琲を待つ男の今後である。


 男は食事をした後、あのダンジョンボスに挑む。勝てればそれでいいが、負けてしまった場合は────。


 そこでようやく、この食事が男の最後の食事になるかもしれないのだと気づいた。

 

「…………」


 自分が淹れた珈琲をじっと見る。


 いつも通りの何てことない珈琲と、外売りの冷めたパン。これが、男にとっての最後の食事で良いのだろうか?

  

「…………」

 

 良い悪いなんてものは分からないが、少なくとも、私にとってそれはあってはならないことと思えた。



「すいません、注文をちゃんと取れていませんでした」


「えっ?」


「コーヒーは苦みが強いものと、酸味が強いものがありますが、どちらの方がお好みですか? 淹れる濃さなども変更できますが」


「…………そういう事なら苦くて濃いめの方が好きだな」


「かしこまりました。あと、塩漬け肉のサンドイッチ自体はすぐに用意できますが……何かお好みの物は本当にございませんか、可能な限り用意させていただきますので」


「そうは言っても、好みの物は別に───」


 男はそう言いかける途中で何か思いだしたかのように黙り込み、しばらくしてから再び口を開いた。


「……ホワイトフィッシュの干物はあるか?」


 口に出したのは、なんて事ない一般で売られることもある魚の名前だった。


「あると思います」


「それじゃあ、焼いた干物を丸ごとパンに挟んで、レモンを絞ってくれるだけでいい」


「……それだけでよろしいのですか?」


「ああ」


 相変わらずに短い返答だったが、微かに表情が緩んでいるように感じた。


「かしこまりました」


 会釈をして再び厨房に向うその途中、厨房の冷えた空気が肌に当たるのを初めて感じ、そこで私は不思議と懐かしい熱を帯びているのに気が付いた。

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