第4話 大好きになった理由

 みくと初めて会った日、それは学校で、ある緊急事態が起きた時だった。

 

 そして私は、みくの力を目の当たりにすることになる――。





 その日、校庭には朝から部活の練習に励む野球部や陸上部、サッカー部などの生徒たちが多数いた。


 その練習に励む声は、登校してきたばかりの私にも遠くから聞こえていたが、校門を通り過ぎてすぐに、事態が急変したのである。


「なあ、あっちの方なんか様子おかしくね?」

「えっ? うわ、本当だ。何してんだろ」


「ねえ、校庭の方、騒がしくない?」

「えっ、ていうか、みんなこっちに向かって来てない……?」


 数十メートル先の玄関まで向かっていた男女の生徒たちが、突然ザワつき始め、


(んん? どうしたんだろ)


 周りの声を聞いて、私や他の生徒たちも校庭の方に目を向ける。


 すると校庭から「みんな逃げろーーー!!」という男子生徒の叫び声が響き渡った。


「なになになにっ……!?」

「こっちに来てるって……!!」


「おいおいおい、なんかヤバそうじゃん……!!」


 周りがパニックを起こしている中、私より前の方に歩いていたみくは、


「ふぁ~あ……眠ぅ……なんか騒がしぃにゃあ……」


 と、まだ少し寝ぼけている様子であった。


 しかし、その間にも校庭から逃げてきた生徒たちや、その近くにいた生徒たちが玄関まで逃げ込もうと、みくのいる方まで一斉に走って来ていた。


「熊だあーーー!!!」

「逃げろおーーーー!!!」


「うわああああああ……!!!」

「きゃあーーーー……!!!」


 危険を知らせる叫び声や恐怖で絶叫する声が周辺から聞こえたみくは、眠そうにしていた目を細める。


「んん~? わわっ……!」


 数秒で押し寄せた人波に呑まれたみくは、一瞬にして目を覚ますが、自分のスクールバッグを地面に落としてしまう。


 その勢いで中に入っていた教科書やノート、お弁当箱などが飛び出し、運悪くお弁当のふたが開き、中身がさらけ出されていた。


「ああっ! みくのがっ! ぐぬぬ~、届かないぃ……」


 人波に揉まれているみくは必死に手を伸ばす。

 その様子を後ろから見ていた私は、みくのスクールバッグを拾おうと駆け出していた。


 のだが……


「わぁっ……」


 すぐそこにはお弁当の匂いを嗅いでいる熊がいるため、急ブレーキをかけたかのように私の足が止まる。


(ど…どうしよう……これじゃ近づけない……)


 固唾を呑んで見守っていると、熊はまるで犬のように、ふたが開いていたお弁当の中身の匂いを嗅いでから、バクバクと食べ始めた。


(た…食べてるっ……!)


 熊は相当空腹だったのか、あっという間にお弁当を食べ尽くしてしまっていた。


「えっ……」


 なんとか人波から抜け出したみくだったが、その空っぽのお弁当箱をじかに見て、強いショックを受けた様子で呆然としている。


「みくの……お弁当……みくの……お弁当が……」


「えっ? ええっ……?」


 魂が抜けてしまったかのように、みくがよろよろと熊の方へ近寄っていることに、私は思わず連続的に声を上げる。


(あ、あの子、どんどん近づいてない……?)


 気が動転して、見守ることしか出来ずにいる中、みくはそのまま覚束ない足取りで、警戒している熊の方まで吸い寄せられているかのように近づいていた。


「全部……お弁当が……みくの……」


 先ほどよりも暗く呟きながら、ついに熊の真正面に接近した途端、直前までフラついていた足元が嘘みたいに、ザザッと地面から音がするほど踏ん張り、右手に力を込めながら姿勢を構えていた。


 そして――。


「ふざけんなよ……こおおおおおの豚がああああああああ!!!!」


 と、叫びながら、下から上へと拳を振り上げ、熊のあごを思い切り殴り、勢いそのまま、熊は空まで殴り飛ばされたのであった。


「森まで帰れってんだ、まったくもうっ」


 遠くまで吹っ飛ばした熊も見ずに、みくは両手を腰に当て、少し不機嫌そうに捨て台詞を吐く。


「……」

「……」

「……」


 そして一部始終を見ていた生徒たちは、驚きのあまり、言葉を失っていた。


「あっ」


 みくはそんな周りの反応に気がつき、自然と声が漏れる。


(やばっ、普通にみくの怪力ぶっぱなしちゃった……やっぱ怖がられちゃうよね。あはは……)


 しゃがみ込んで足元に落ちている自分の教科書やノートをササッと手早くスクールバッグの中へ放り込みながら苦笑いを浮かべていると、


「ぷふっ」


 と、私は小さく吹き出していた。


「えっ」


 みくはまるで子供のようにきょとんとした顔で、近くに立っていた私のことを見上げている。


「あっ、ごめんね。ちょっとおかしくなっちゃって」


「へ?」


「さっき、『この豚がー』って言ってたのが面白いなって思って。熊に対して豚って言うのは初めて聞いたかも。ふふっ」


 しゃがみ込んで空っぽになっているお弁当箱を拾う私は、こらえきれずに思い出し笑いをする。


「み、みく、そんなこと言ったかな。あんまり覚えてないや。えっへへ」


 動揺しつつも照れ笑いをするみくに、「はい」と、お弁当箱を優しく手渡した。


「あ、ありがとうございます」


「ううん。でもホントびっくりしたけど、すごい力あるんだね」


 立ち上がり、歩みを止めて振り返る私は、そう言ってから自然に微笑みかける。


「えっ――。あっ、あの、怖く感じなかったんですか? みくのこと」


「えっ?」


「いや、みくって生まれつき怪力っぽくて、みんな怖がっちゃうんですよね。この前なんか、落としたお金を拾うために自販機をひょいと持ち上げたら、周りにいた人が腰を抜かすぐらい驚いちゃって。あっ、あと体育の授業中に巨大な隕石がグラウンドに向かってきてたから急いで野球のバットを持ってきて空中で打ち返したら、みんなさっきみたいにドン引きしてたんですよねぇ」


「せ、世界を救ってたんだね……」


「だから、ちょっと気になっちゃって。みんな普通に怖がるから、みくのこと。ああ、でも別にどう思われてもいいんですけどねっ。自分ではこの怪力って何かと便利だと思ってて、気に入っているのでっ。へへっ」


 明るい口調とその表情から、みくが無理して笑っているわけではないことが、その日が初対面の私でも見て分かることだった。


「そっか。でも確かにその力があって良かったかもね。だってあんなに大きな熊を撃退しちゃうんだもん」


「そ、そうかな。えへへ」


 みくは照れくさそうに下を向いて笑う。


「うん、それにね、小さくて可愛い子なのにすごいなって思ったよ」


「えっ」


 口が小さく開いたまま、みくの頬がさらに赤く染まる。


「だから私は怖くなかったよ」


 いつしか周りにいた生徒たちの存在を忘れるほど、二人の間には穏やかな時間が流れていた。


 そんな二人だけの空間で、みくは心を奪われたかのように、優しく微笑む天音のことを見つめていた。



――そして私は後になって、お昼ご飯を失ったみくのことが気になり、一応、校内を探すことにした。


 すると、屋上に空腹で倒れていたみくを発見し、購買で買っておいたパンをあげると、その日以降みくは私によく懐くようになり、今に繋がっている。


 やはりそうなったのも自分に原因があるため、とがめるようなことはしたくないと考えている。


「今度はよく邪魔するようになったみくのことを……ね。ははは……」


 廊下でボソリと呟く私は、苦笑いをしてから、


(……それにしても――。)


 あごに手を当て、歩きながら考え込む。


 最初に窓ガラスを割って現れ、その次は大砲を持ってきて、そして最後は、VRゴーグルをつけて現れた――。


(思い返してみたら、バリエーション豊かだよなぁ……いや、そうじゃなくてっ)


 そう、私が疑問に思っているのは、そこではない。


 私が告白されている時に、絶妙なタイミングで現れるみくについて――それに限る。


 と言うのも、私が返事を返そうとしていた矢先、つまり、もう少しで付き合えるという、そのタイミングで、みくは必ず来ているのだ。


 その上、何故か私が告白されている場所まで来ることが出来ている。

 まるで、そこに私がいることを知っているかのように。


「偶然……なのかな……」


 ポツリと呟いたあと、「うーん……」とうなり、やがて足を止める。

 

 それから、スカートのポケットから指輪を取り出し、


「まあでも、考えても分からないよね」


 と独り言を言いながら、自分の人差し指に指輪をはめた。


(それよりも今はとにかく、この指輪の力を借りてイケメンの彼氏を作ろう)


「みくに邪魔される前に……ね――。」


 キラリと光る指輪を見つめてから、私は顔を上げ、そう意味ありげに呟いた。



 放課後。


 部活動に励む生徒たちがいる中、私は体育館の入り口付近で中を覗き込んでいる。


(バスケ部の彼氏っていうのも、実は憧れていたんだよね。やっぱり格好いい人が多いからかな。まあ、勝手なイメージなんだけどね。ってそれより、誰にするか決めないと)


 改めて練習しているバスケ部員を眺めていると、ある一人の男子生徒が華麗にシュートを打つ。


 その彼は一際目を引くほど、美しい横顔をしていた。


「っ……」


 思わず息を呑み、仲間と笑顔でハイタッチをしている彼に目を奪われている。


(……って見とれてる場合じゃないよねっ、私っ……)


「で、でもまあ、とりあえずはあの人にしよう」


 体育館の中を覗き込んだまま、指輪をつけている右手でピストルを撃つかのように、かつ、自分がスナイパーであるかのように狙いを定める。


 そして私は、ただバキュンと撃つだけではない。


 これから、ある作戦も実行するのだ。


 そう、それは――。

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