第5話 天音の作戦
「バキュン」
その言葉とピストルを撃つ動作によって、指輪をつけている人差し指から光が放たれた。
その光は、レーザー光線のように狙っていた彼の背中にピンポイントで当たり、それを確認した私は、「よしっ、当たった」と呟き、体育館のドアをこっそりと閉めた。
(そして私は……)
思いっきり逃げる――!
まるで狙撃して、その場から逃走するかのように、私は全力で走り出した。
それから間もなくして、
「おーーーい!! 待ってくれーーー!!」
という声が後ろから聞こえ、振り向かずとも確信していた。
(思った通り、ついてきてる!)
そう、だからそこ思いついたのがこの作戦――。
というのも、以前、魔法の指輪かどうかを試すために、渡り廊下を歩いていた男子にバキュンと撃ったことがあった。
その際に、前を向いて歩いていたはずの彼が、なんの迷いもなく後ろにいた私の方へ向かって来たのだ。
ということは、バキュンされた人は私がどこにいようが、明確にその位置が分かっており、必ず私のところへやって来るのかもしれない。
まるで指輪の魔力で引き寄せられているかのように――。
そう考えた私は、この作戦を実行することにしたのだ。
そう、その作戦とは、バキュンと撃った相手をこのようにして引き連れ、その場から離れることを最優先にする。
そして遠くまで一緒に来たところで、私は告白を受ける。
この作戦であれば、きっとみくは私のいるところへ来ることは不可能のはず。
恐らく今までのみくは、バキュンと撃ったときに発動される指輪の魔力を直感的に感じ取り、私が告白されている場所を突き止めていたのだろう。
(だからきっと今頃みくは、さっきまで私がいた体育館へと向かっているはず……!)
廊下を走りながら推測する私の後ろでは、先ほど狙い撃ちしたバスケ部員の彼が追いかけてきている。
「君のことが好きだあーーー!! 俺と付き合って欲しいーーーー!!」
(えっ……!? もう告白してるっ……? ちょっと早くない……?)
思いのほか早く段取りが進んでいることに戸惑い、後ろの様子が気になった私は、走るスピードを落として振り向いた。
すると、大声で告白していた彼の後ろに、張り切った掛け声で、
「いっちにーさんし! いっちにーさんし! いっちにーさんし!」
と、体操服を着たみくが目をカッと見開き、縄跳びをしながらこちらに向かって走ってきている光景を目撃する。
(ええっ!? 来ちゃってる!?)
「というより、あれは何をしてるの……!?」
異様な光景に面食らう私は、驚きを隠せない様子のまま、走るスピードを上げて再び廊下を疾走している。
「俺っ、君の顔も声も性格も名前も、ほんとなんにも知らないけど好きなんだあーーー!! だからどうしても俺は君と付き合い――」
「はい! にーっさんよんごー! ごおーろくっ、ごおーごおーごおおおーっ!!」
(変な掛け声で告白をかき消そうとしている!? ってそれよりこの状況どうしたらいいのお……!?)
一定の距離を保ち、縦一列になったまま、廊下を走り続ける三人。
一人は走りながら大声で告白し、一人は変な掛け声をしながら走り縄跳びをし、残り一人は、ただひたすらに廊下を駆けている。
そんな混沌とした状況に為す術もなく、きっと私だけが困惑している。
「君の気持ちが知りたいんだあーーー!! 待ってくれーーー!!」
「ワンツー!! ワンツー!! ワンツー!!」
(これって止まっちゃいけないやつだよね……!? いや、むしろ止まれないかもっ……一体何をしたいのか分からないみくの勢いが一番怖いんだよなぁ~……)
――そして、後に私は気がついたのであった。
大声で呼びかけられたり、必死に叫ぶかのように告白されると、あんなに格好いいと思っていた人でさえ、途端に気持ちが冷めてしまう――ということに。
そうなってしまえばもう、私はまた新たに彼氏候補となる人を見つけて、緊張感を持ちながらバキュンと撃ち、さらに緊張しながら告白を受けて、ドキドキしながら返事を返すということをしなければならないのである。
まあ、まともに、きっちりと、最後までしっかり返事を返せたことはまだ一度もないのだけれど……。
◇
綺麗に片付けられたシンプルで可愛いらしい部屋――。
ここは親友、あきの部屋である。
そしてベッドの前には、大型犬のバーニーズマウンテンドッグが口を開けて笑顔でお座りをしている。
「どうしてかなあ~……なんで来ちゃうかなあ~……もうどうすればいいのぉ~……助けてよ、あきぃ~……私、分からないよぉ~……」
そう嘆く私は、テーブルの前に座るあきの肩にもたれかかっている。
「わたしもなにひとつ分からないなぁ。ねえ? バロン」
自分の隣で凛々しくお座りしている愛犬のバロンに、あきも私のようにもたれかかる。
「ヴァン!」
「ねえ~、そうだよねぇ。ちゃんと説明してくれないと分からないよねぇ?」
「ヴァン!」
「しっかり返事してる。すごいなぁ」
あきとバロンのやり取りを聞いてから、私はあきの肩にもたれかかるのをやめた。
「へへん、 バロンはわたしの気持ちに答えてくれるんだぁ〜。意思疎通が出来ちゃうんだなぁ、これが。ねえ~、バロン?」
「ワフッ」
「さっきよりバロンの声が小さくなってるよ。やっぱり重たいんじゃない?」
立ち上がり、場所を移動していた私は、あきの斜め前に座り、バロンのことを気にかける。
「え~、違うよぉ」
と、言いつつ、バロンにもたれかかるのをやめるあき。
「わたしがずれ落ちないようにバロンは配慮した返事をしたんだよ」
「おーい、バロンー、飼い主さんが勝手に変なこと言ってるよー」
あきの隣に座っているバロンに話しかけるが、
「ハアッハアッハアッハアッ……」
と、まっすぐに前を向いたまま、相変わらずの笑顔で呼吸している。
「返事してくれない……」
「バロンは他の女に振り向いたりしないのだよ」
「女って……あきにとってバロンはどんな存在なの……」
「え~? そりゃあもう彼氏みたいなものだよ。へへへ」
あきはいたずらっ子のように笑う。
「あ、そう……はあ……いいよね、あきは……彼氏みたいな存在がいてさ……」
「なるほど。本当の悩みの種はそれ関係ってことだね」
「あっ……えっと……その……」
口が滑ってしまったと言わんばかりの、ばつが悪そうな表情をしているであろう私に、
「まあ話してみんさい。わしが聞いちゃるけんのう。あっ、それと……バロンもね」
そう言ってあきはバロンの肩に、ポンと手を置き、笑顔を見せる。
「ヴァン!」
「ほらね、バロンも気になってるって言ってるよ」
「――ありがと。あのね……」
私は溜めていたものを全て吐き出すかのように、あきに今までのことを話した。
実はイケメンの彼氏が欲しかったこと、何故かみくが、どこにでも現れること、そして魔法の指輪のことも――。
途中でバロンは寝ていたけど、最後まで話を聞いていたあきは、なぜだか納得した様子を見せていた。
「ふむふむ。なるほどねぇ」
「えっと……驚かないの……? だって魔法の指輪だよ……? そ、そもそも、こんな話なんて信じられるの……?」
「いやぁ〜、そういうこともあるんだねぇ〜っていう感じかなぁ」
「そ…そういうものなのかな……」
あきは自分の横に寝ているバロンの頭を優しく撫で始め、
「それに天音がわざわざ作り話なんてしないだろうから、全部が本当なんだろうな〜って。だから信じられるよ」
そう言ってから手を止めた。
それから私に顔を向け、続けて話す。
「魔法の指輪のことも、みくちゃんのトンデモ怪力のこともね?」
少し冗談めかして言うあきに、私の表情は緩む。
「――そっか。やっぱりあきに話せて良かったかも。他にこんなこと言える人もいないしさ。あはは」
「まあ、あまり人には言えないようなことをしてるもんね、おぬし」
「は、はい……本当は良くないことだと思っております……」
目を細めるあきを直視できず、私は下を向いて、反省しているかのように縮こまって答える。
(確かにそうだよね……)
いま思えば、私は結構やばいことをしている。
好みの人を魔法の力で強制的に告白させて、自分の恋人にしようとしていたのだから。
まあ、その身勝手な願望は本当であれば、なんの苦労もせず、すぐにでも叶うはずなのに、いまだ叶ってはいないけれど……。
「でも天音の立場からしたら、そうしたくなるのも分かるかなぁ。だからわたしは見守っているよ」
「あき……」
「あっ、ちょっと待って? ふむふむ。なになに? 話は聞かせてもらったぜい? 何かあったらまたいつでも来いよなってバロンは言ってるんだね?」
あきは伏せをして寝ているバロンに耳を傾けている。
「しっかり寝てるんだけどなぁ……でも、ありがとね」
「おうよっ」
「ふふっ」
耳を傾けながら、バロンの代わりにグッドポーズをするあきを見て、表情が和らいだ私から笑みがこぼれていた。
◇
翌日。
朝のホームルームが行われる前の空き時間にて、私はすでに魔法の指輪をつけた状態で職員室前に立っている。
そして、
(一応、見守ってくれているあきに良い報告をするために……一度でいいからイケメンの彼氏が欲しい私のため……そして、ちゃんと指輪を返すために……今日こそ、やり遂げたい――!)
胸の前で強く拳を握り締め、決意を固めていた。
(と、いうわけで……もうターゲットは決めているんだよね)
職員室のドアを静かに開けて、中を覗く。
(実は教師と禁断の恋っていうのも少し憧れてたんだよね。それにもし、みくが来ても、生徒である私に教師が告白してるわけがないって思うだろうから、邪魔するどころか、すぐに引き返すと思うんだよね。だからこれもある意味、作戦なのかな)
そう、みくはきっとまた現れるはず。
だからこそ昨日は、あの引き連れ作戦を実行したのに上手くはいかなかった。
あんなに早く来たということは、恐らく体育館ではなく、私がいる方へまっすぐ向かってきたのだろう。
(だとしたら、もう考えられるのは、バキュンした時から魔力が発生していて、しばらくそれが放出されていたってことになるよね。だからみくはその魔力を感じ取って、指輪をつけている私のところまで来ることが出来たんだ)
「……ということはつまり、みくが来る前に告白の返事をすればいいってことだよね」
そう答えを出した私は、自分の手をピストルに見立てて構え始めた。
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