第3話 魔法の指輪と怪力ロリ後輩③
昼休み。
窓側の席に座っている私の机の上には、サンドイッチとロールパン、ペットボトルのお茶が置かれている。
向かい側の机の上には、水筒とバランスの取れたお弁当が広げられている。
「はあ……」
サンドイッチを持ちながら、無意識に大きなため息をつく。
「おやおや? めずらしいねぇ、天音がため息をつくなんて」
ハンカチで手を拭きながら教室に戻ってきたのは、中学からの親友である
話し方もそうだが、どこかふんわりとした雰囲気は心地よく、一緒にいて安心感を覚えるほど、私は彼女に心を許している。
「うーん……まあ、今日はよく後輩に絡まれるなぁって思って」
そう言ってから、サンドイッチをパクリと食べた。
(さすがに詳しいことは言えない……よね……簡単に信じられるような話でもないし……色々と。それにあの指輪はすぐに返すつもりだから、わざわざ言うことでも――)
「後輩? ああ、みくちゃんのことね」
席に座っていたあきも「いただきまぁす」と言って自分のお弁当を食べる。
「う、うん」
「ん~でもさぁ、それはいつものことじゃなかったっけ?」
「えっ?」
「ほら、天音を見かけると『天音せんぱーい!』って笑顔で駆け寄ったり、『天音先輩、一緒に帰りましょー!』ってよく言ってたでしょう?」
「う~ん、それはまあそうなんだけど……」
「天音のこと、本当に大好きなんだなぁっていつも微笑ましく見ていたよぉ~? わたしぃ~。ふひひ」
あきはニヤリと笑っている。
「……あ、そう」
いま思えば、あきは『いやぁ~、てぇてぇなぁ』とよく言っていた気がする。
尊いという意味らしいが、女の子たちが仲良くしているのを見るのが好きだと、以前、微笑ましそうな顔をして言っていたのを、ふと思い出した。
「まあ、私はイケメンを見ちゃうけど……」
「イケメン?」
「えっ? あっ、ううん、何でもない。あはは……」
「まっ、とにかく、みくちゃんは天音ともっと仲良くなりたいんじゃないかな。心の距離を縮めたいんだよ、きっと」
あきは目を閉じて「うんうん」と頷き、感心したような表情をしている。
「うーん、そうなのかなぁ。ってなんであきが納得してるの?」
「いやぁ~、そうかそうか。みくちゃんったら可愛ええのぉ、てぇてぇのぉ」
あきは水筒を両手で包み込むように持ち、お年を召したご老人のように目尻を下げて笑っている。
「……おじいちゃん……?」
「せめておばあちゃんじゃない?」
「あぁ、ごめん、そうだよね。っておばあちゃんっていうのも――」
「いいんじゃよ」
「いいんだ……」
◇
(うーん……そういえば、いつからみくに好かれるようになったんだろう。ん~と、確か空腹で倒れていたみくにパンをあげて……あぁ、それ以降、懐かれてるなぁ)
廊下を歩きながら考えていたが、ざっくりと、その情景が思い浮かんだ後、私の足が止まる。
(つまり私にも原因があったってことね……まあ今はとりあえず、イケメンの彼氏を作って、早くこの指輪を落とし物として届けないとね)
やや肩を落として苦笑いを浮かべてから、私は気持ちを切り替え、スカートのポケットから指輪を取りだし、人差し指にはめる。
それから、「よしっ」と気合いを入れ、前を見据えた。
◇
放課後。
あの意気込みと気合いを入れたのは何だったのかと思うほど、私は現在、一つ上の学年である、3年A組の教室付近の廊下で、うろうろしている。
(わぁ~、どうしよう~、来ちゃったよぉ~……誰かいたらどうしよう~……)
という不安に駆られて浮き足立っていたが、その足が一旦、立ち止まる。
「いや、いた方がいいんだよね。せっかくここまで来たんだもん」
そう、私はあの名前も知らない先輩に会うため、ここに来た――のではない。
確かに私は以前、その名前も知らない先輩を校内で見かけたとき、格好いいなぁ……と思っていた。
だけど、その先輩に一目惚れしたのではなく、後になって、よくよく考えてみると、私は、“イケメンの先輩”と付き合うことに憧れていたのだ。
だからこそ私は、魔法の指輪があることをいいことに、この3年生エリアまで足を踏み入れてしまっている、というわけなのだ。
もちろん、“イケメンの先輩”と付き合うために――。
「この指輪がなかったら絶対にそんなこと出来なかっただろうな。ここに来ることも、イケメンの先輩と付き合うことも……」
ボソリと呟いていると、突然、後ろから、
「君、どうしたの?」
と声をかけられ、「えっ?」と、振り返った。
すると、大人びて見える男子生徒が優しそうな笑顔を浮かべて立っていた。
「いや、こんなところに立ち止まっているからさ。どうしたのかなって思って」
(かっ……格好いい……)
思わず見とれていたが、すぐに正気に返る。
「あっ、いやっ、えっと……」
「んん?」
何か言いたげにしている私を見て、先輩であろう彼は首をかしげる。
「あっ、その、えーとですね……」
「うん」
「バッ……」
「バ?」
「バキュン……」
遠慮がちではあるが、私はその先輩に対して、迷いなくピストルを撃つ動作をした。
そして指輪がはめられている人差し指から、光が放たれ、彼の体を射抜いた。
そのため、
「っ……」
と、前方から被弾したかのように、体が後ろに少し反れたあと、足がよろけていた。
(何も考えずに撃っちゃったっ……っていっても一応、予定通り……だよね……? そ、そのためにここに来たんだもんね……?)
「……好きだ」
「えっ?」
ポツリと呟かれた声に、思わず聞き返す。
「いま好きになったんだ、君のこと」
(こ…告白タイムきた……!)
「一目惚れってしたことなかったんだけど、君を見た瞬間、恋に落ちちゃったよ。……なんか恥ずかしいな」
頬を赤く染めた先輩は、顔をそらして、こめかみをかく仕草をしている。
(初めて会ったけど、やっぱり格好いいな……この人……)
「あ、あのさ、その……もし良かったらなんだけど……俺と付き合ってほしい――。」
「っ……」
真剣な眼差しと告白の言葉に、私はポッと頬を赤くし、ドキリとする。
「ど、どうかな」
(やっと……やっと私に彼氏が出来るんだ。この魔法の指輪のおかげで、私はこんなに格好いい先輩と……)
付き合えるんだ――!
「あっ、あのっ、私で良ければ、よっ……よろ……よろしくお願いしま――」
ドキドキと胸を高鳴らせながら、ぎこちなく告白の返事を返していた、その時だった。
「よーっし、いくぞぉ~……おりゃ!」
突如、現れたみくは、私の目の前にいた先輩のことを持ち上げ、そのままボウリングの球を投げるかのようなフォームで、彼のことを投げ飛ばしたのだった。
「嘘でしょ……」
「ああーっ惜っしいー! 一本残っちゃったー! もうちょっと右だったらストライクだったのにー」
ずっと向こう側の廊下まで、シュー!と投げ飛ばされた先輩を見て、みくは悔しそうに叫び、何らかの改善点さえ見つけている。
ど、どういうこと……?
これで三回目だよね……。
私が告白されている時に、タイミング良く……いや悪くっていうのかな。まあ、とにかく、みくは必ず来て、今みたいな予想だにしないことを行っている。
まるで告白の邪魔をするかのように。
それでもやはり全てが偶然……
いや、ここまできたらもうこれは、確実に私の邪魔をしている――。
「と、というか……何してるの……?」
顔に機械的な白いゴーグルを付けているみくに恐る恐る尋ねる。
「えっ? 何って見たら分かるじゃないですかぁ~、ボウリングですよ、ボウリングッ。あっ、そっか! これVRだから天音先輩には見えないんですね!」
「目の前で人が投げ飛ばされたのは見たけど……」
「えー、おかしいなあー、みくがVRの中で投げていたのはボウリングの球でしたよぉ~? 天音先輩の見間違いじゃないですかぁ?」
「はぁ……見間違いじゃないし、その投げ飛ばされちゃった人に一応、告白されていたんだよ、私……」
(でも、あの投げ飛ばされていく姿を見て、なぜか冷めちゃったけど……これが蛙化なのかな……いや、なんか違う気がする……)
「そうですよ! なんか急に天音先輩モテ始めてません!? どういうことですか!? そりゃあ天音先輩はとっても可愛いですよ!? でもこんな連続で告白されてるのってなんか変じゃないですか!? しかもイケメンだけに!」
「えっ、えっと……それはその……」
突然、思ってもみない角度から、みくに追求されたことに動揺を隠せない私は、思わず指輪をしている人差し指で頬をかく。
「んん? なんですか? その指輪」
「えっ? あっ……! いやっ、これは別にっ……」
案の定、私の失態により、指輪をしていたことがみくに気がつかれてしまい、それでいて手遅れにも関わらず、私はとっさに手を後ろに隠した。
「なんですか、それー。ちょっと見せて下さいよー」
「いやっ、これはっ、違くてっ……」
みくに覗き込まれそうになり、今度は上に手を上げる。
「もぉ~、見えないじゃないですかー。見っせってっくっだっさっいっよっ」
「だからっ……これはっ……あとでっ……返そうとっ……」
みくはぴょんぴょん跳ねて指輪を見ようとするが、私はその度に手を動かし、必死に指輪を見せないようにしていた。
すると突然、各方面に逃げていたその手が、何者かによって掴まれる。
「えっ……?」
驚いて後ろを振り向くと、私よりも身長が五センチほど高く、ゆるふわのくせ毛が特徴的なショートヘアの女子生徒が立っていた。
そんなボーイッシュな印象を与える彼女は、私の指にはめられている指輪を見ている。
「キレイだね」
「えっ……?」
突然にその人と視線が合う。
意外にも明るいトーンの声色、スラリと伸びた細い手足、私と同じ系統の制服。
それらの情報からでも女子生徒だと分かっているが、顔立ちの整ったその“イケメン女子”の微笑みと、唐突に言われた言葉に私は思わずドキリとしていた。
「この指輪」
「……ああっ、いえっ、そんな……あはは……」
勝手に勘違いしそうになっていたことに恥をかいたわけではないが、一応、笑ってごまかしながら手を引っ込めた。
「ふふっ、もしかして自分に言われたと思ったんじゃない?」
「なっ……い、いや別にそんなことは……」
「キミはキレイっていうより、可愛いって感じかな」
「そ、そうなんですね……」
「ボクのタイプかも――。」
「えっ……?」
「あれ? 顔が赤くなってない?」
「ええっ……? い、いやっ、なってないですっ……」
「え~、なってるって~。あははぁ、もぉ~可愛いなぁ」
「はは…ははは……」
「ガルルルルルル……」
笑って受け流そうとしている私の横では、ゴーグルをつけたままのみくが腕組みをし、ボーイッシュな先輩のことを威嚇している。
「あははっ、キミは未確認生物みたいで可愛いね」
「おん? おおん? おーん?」
「今度は猫ちゃんかな? あはっ、子猫みたいで可愛いなぁ~」
「シャアアアーー!!」
「……」
みくが自分より二つ年上の先輩に対してずっと威嚇しているという、こんな状況の中、私は改めて決意した。
これからどんなことが起きようと――いや、何故か絶妙なタイミングで現れるみくからどんなに邪魔されようと……
絶対にイケメンの彼氏を作り、すぐにこの指輪を落とし物として届けよう。
私はそう心に誓ったのであった。
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