第2話 魔法の指輪と怪力ロリ後輩②
休み時間、私は屋上のフェンスに寄りかかり、手に持っている指輪を見つめながら、「はぁ……」と、小さなため息を吐いた。
「結局、届け損ねちゃったな……この落とし物……」
(まあ色々なことが起こりすぎて、頭の整理がつかなかったから……なのかな)
それにこの指輪――。
「どうしても気になるんだよね」
確かに私は指輪をつけてバキュンと撃つ真似をした。
そして突然、告白されてから数分後、制限時間が切れてしまったかのように、あの彼は去っていった。
その上、前後の記憶を失っているようにも見えた。
そんな異変を感じさせる彼の様子だったからこそ、私は信じそうにもなっている。
「もしかして、これ……魔法の指輪なの――?」
◇
そして、あまりにも唐突だとは思うが、私は現在、先ほどとは別の男子生徒を尾行している。
(まさか私が誰かの後をつけることになるなんて……それにあの人の名前も顔も知らないんだよね)
だけど……それでも……。
私にはどうしても試したいことがあるのだ――。
「……」
渡り廊下を歩く男子生徒の後ろ姿を食い入るように見る。
他には誰もいない。だから今がチャンス……。
きっともう一度やってみたら、はっきりするはず。
これが魔法の指輪かどうかってことが――。
「……バキュン」
私は先ほど同様、指輪をはめた状態の右手で、ピストルを撃つ動作をした。
呟いた言葉とその動きが引き金となっているかのように、人差し指から光が放たれ、渡り廊下を歩いていた男子生徒の体を射抜いていた。
「っ……」
後ろから何かに撃たれたかのように、ビクッと体を反らす男子生徒。
(や…やっぱり一瞬だけ光ったような――)
指輪をつけている人差し指を見ていると、
「あのーっ! ちょっとお時間よろしいでしょうかーーー!!」
と、光で射抜かれた男子生徒が前方から走って来ていた。
(きっ…来た……! さっきみたいに告白されちゃったら、そのまま付き合うのもありかも……って、そうじゃなくて、これが魔法の指輪かどうか試すためにバキュンって撃ったんだから、まずはあの人が本当に告白するかどうかなんだよね)
「うん、そうだよ、何か用があって誰でもいいから声をかけただけかもしれないし。えっ、でもバキュンって撃ってすぐだったから、やっぱり告白されるのかな。えっ、だとしたらそのまま付き合うのもありかも」
一人でブツブツ言っていると、すでに私の前に到着していた彼が、膝に手をつき、息を整えていた。
それからすぐに頭を上げると、顔を覆うようにしてメガネをクイッと上げた。
「ふっ、この程度で息を切らすとは僕もまだまだですね。いや、そうではないのか。なんてったって僕は勉強一筋で生きてきたんですからねえ! そう! そんな僕が一瞬で恋に落ちてしまったのです! ふっ、これは俗に言う一目惚れってやつなんでしょう。だから僕と付き合っ――」
「ごめんなさい!!」
食い気味で告白を断った私は、申し訳ない気持ちでいっぱいのまま、その場から全力で逃げるかのように疾走した。
(なんかちょっと違うのーー……!!)
その直後、男子生徒は目を覚ましたかのように顔を上げて、「ん?」と声を出し、辺りをキョロキョロと見渡す。
「なぜ僕はここにいるんだ?」
◇
「はあ、はあ、はあ……」
階段の下で、今度は私が膝に手をついて息を切らしている。
(お…思わず逃げちゃった……というより一目惚れしたってどういうことなの……? 私のこと一回も見てなかったよね……)
「はあ、はあ、ふぅ」
なんとか息を整え、姿勢を戻す。
でも……だからこそ、あの真面目そうな彼はそう言ったんだよね。そして一瞬で恋に落ちた、とも言っていた。
完全に前を向いて歩いていたはずの彼が突然、後ろにいた私に“一目惚れ”をし、告白してきたのだ。
そんな不可解なことが起きた理由って――。
「やっぱりこれ……」
魔法の指輪だったんだ――。
◇
授業中、私はスカートのポケットに入っている指輪のことで、頭がいっぱいになっていた。
(うーん、魔法の指輪かぁ……お菓子やぬいぐるみが出ることはなかったけど、それでも一応、魔法の指輪なんだよね)
そう、先ほど色々試して分かったことがある。
この指輪の力で他にどんなことが出来るのだろうと、私は何もない場所にバキュンと撃ってみたのだ。
すると、空間に光が放たれるだけで、昔に観たアニメのようにはならなかったのである。
だからどんなに念を込めてバキュンと撃ってみても、空は飛べなかったし、イケメンの彼氏が飛び出ることはなかったのだ。
つまりこの指輪は、ただ誰かを一瞬にして恋に落とすことしか出来ない魔法の指輪なのだ、ということを私は改めて知ったのである――。
(……えっ、それって私にとって都合がいいってこと? まるで私のために用意されたみたい……って、いやいやいやっ……)
自分から
(一応、落とし物なんだから、ちゃんと届けないと……あぁ、でもこの指輪があれば誰でも恋に落とせるんだよね……ということは自分から男の子に声なんてかけられないような私でも簡単に彼氏が――はっ……! 違う違うっ、これは私の物じゃないんだからっ……)
……ん?
私の物じゃない……
「あっ」
と、呟いた私には、もうすでに心の中の自分の言葉から、ある着想を得ていた。
◇
(まだかな……)
廊下の壁から覗き込み、私はとある人物が出てくるのを待っている。
理由はもちろん――。
その時、トイレから高身長の男子生徒が姿を現す。
(あっ、出てきたっ……!)
男子生徒の後を追い、周りに人がいないことを確認する。
そして私は、指輪がはめられている右手でピストルを撃つようなポーズをとった。
(そうだよね。私に彼氏が出来たらすぐに落とし物として返せばいいんだよね)
「……」
無防備な彼の背中に、私は神経を集中させ、銃口を向けるかのように狙いを定めた。
そう、だから今だけは……
この魔法の指輪、借りさせてもらいます……!
「バキュン」
その言葉と同時に、人差し指から光が放たれた。
(やっぱり光ってる。きっと、この光が魔力なんだろうな)
そうして、光で射抜かれた男子生徒は、やや後ろにのけ反った後、まるで私が後ろにいたことを知っていたかのように、すぐに振り返った。
「あっ! そこにいたんだね!」
「っ……」
ドキッと鼓動が高鳴る。
少し離れた距離でも笑顔がまぶしい彼と初めて視線が合い、顔までもきっと赤くなっているはずだ。
なぜなら、以前から少し気になっていた、とある人物……。
そう、私はあの名前も知らない隣のクラスの男子に“バキュン”をしようと決めていたのだ。
そんな想いを抱かれていたことは
(誰でも恋に落とせる魔法の指輪――。やっぱりその力を使うなら、少しでも気になってる人がいいよね。この指輪のおかげで、私に初めて彼氏が出来るんだ――。それも、密かに憧れていた人が私の彼氏に――)
「はあ、はあ、ちょっといいかな」
「えっ……!? あっ、はいっ」
気がつくと目の前には、やや息を切らした彼が来ており、思わず背筋がピンと伸びる。
「俺さ、君に伝えたいことがあって」
(えっ……!? も、もう告白しようとしてる……? ど、どうしよう……! やっぱりまだ心の準備が出来てないかもっ……)
「あ、あのさ、俺……」
「は、はいっ……」
(自分でバキュンってしたんだから、ちゃんと責任を持たなきゃっ……落ち着け、私っ)
胸に手を当て、「ふぅ」と一呼吸置き、再び視線を合わせる。
「君のことが好きに――」
彼がそう言いかけた時だった。
突如、後ろの方から頭にねじれたハチマキを巻き、江戸っ子のような服装をしたみくが、大砲を担いで現れたのだった。
と同時に、
「さあ、どいたどいたあ!! みくちゃんのお通りでえええい!!」
と、エネルギーに満ち溢れるほどの威勢の良い声を上げながら、明らかにこちらに向かって猛然と走って来ていた。
そんなみくを見て、私はとっさに「ええっ……!?」と、意中の人から告白されている最中にも関わらず、本日二度目の驚きの声を上げる。
それでも、彼は背後に迫り来るみくの存在に気づく素振りはなく、それどころか、
「あっ、あの、いきなりだったから驚くよね」
と、いきなり大声を上げた私のことを、告白されて、ただ驚いた人だと勘違いしている。
「……えっ? あっ、い、いえ……」
とはいえ、もうそれどころじゃない私は、なんとか返事を返しているが、後ろの様子が気になっている。
「てやんでぇ! べらぼうめぇ! こーのすっとこどっこーい!」
(ど、どういうことっ……? なんでまたみくが来るのっ……? なんで江戸っ子っ……?)
「あ、あのさ、ちゃんと最後まで言えてなかった気がするから、もう一度言ってもいいかな」
「……えっ? あっ、は、はい……」
気が気でない私は、ほぼ話を聞いていなかったために空返事のようになってしまっている。
なぜなら、ついに到着したみくが担いでいた大砲をドンッと下ろしているのだ。
そしてそれを横目で見る私は、先ほどから、そわそわしている。
「良かった。えっと俺さ、君のことを好きになったんだ。自分でもよく分からないんだけど、さっき君に恋しちゃって。ははっ、ほんと変だよね」
「……」
自分を謙遜するかのように笑っているが、私に告白している最中、早々に彼はみくに軽々と抱えられ、大砲の中に突っ込まれていた。
ゆえにそれを目の当たりにしていた私は、すでに絶句している。
「でもさ、本当に好きなんだ、君のこと。だからさ、良かったら俺と付き合ってほしいなって思ってるんだ」
「……えっとぉ……あのぉ……そのぉ……」
こんなにも言葉に詰まっているのは、やはり大砲の中から上半身だけ出た状態で告白されているせいなんだと思う……。
「急にこんなこと言われて困っちゃうよね。でもさ――」
「発射ッ!!」
絶対に話の続きがあったはずなのに、みくは容赦なく、それを遮り、大砲に火を付けた。
すると、体ごと入っていた大砲の中からピューッ!と勢いよく飛び出し、開いていた窓から空に向かって、彼はある意味、無傷のまま“発射”されたのであった。
「ゆっくり考えてもらっても構わないからねーーー!! 俺、ずっと待ってるからあーーー!!」
「……」
飛行機のように空を飛んでいる彼が、大声でそう叫んでいるが、依然として私は呆然としている。
「おお〜、こりゃーいい演出になったってもんよ! 任務完了でい!」
まだ江戸っ子に扮しているみくは、満足げに空を見上げていた。
「……」
これはあのぉ……何がどうなって……えーっと……告白されていたけど……その途中でみくが来て……
そう、またみくが来て――
ぐ、偶然……だよね?
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